『§まっすぐに生きるのが一番』
「第33話:ほめ上手な達人とは」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。

 

 

前回、優花は恋人の哲也へのどこか心の中にあった後ろめたい気持ちから、高校三年生の妹に嫉妬した。

 

 

そんな大人気ない自分を、愛犬の小鉄の無条件の愛に癒されて、「もし、小鉄が人間の男だったら、“女殺し”だね。“女殺しの小鉄”」と、笑みがこぼれたのだった。

 

 

優花は、小鉄に約束した通り妹に大人気ない自分の行動を詫びた。妹の何ごとかとびっくりするような顔を見て、これでよかったのだと思いながら自分の部屋に戻ると、一つため息をついてベッドの上に仰向けになった。

 

 

ぼーっと天井を見つめながら、やはり気になるのか妹に嫉妬したことを思い出し、再び愛犬の小鉄の無条件の愛に癒されている自分を思っていると、いつの間にか深い眠りへと誘われていった。

 

 

「姐さん、どうぞこちらへ」
「えっ!姐さん?どうぞって言われても、あなたは誰?」
優花は玄関を出ると、スーツを着た若い男性が車の後部座席のドアを開けながら、声を掛けて来た。

 

 

「私ですか、私はいつも姐さんにかわいがってもらってる“小鉄”です」
「小鉄?小鉄って、えっ、あの“小鉄”なの?」
「へい、あっしてございます。さあ、遅れますのでどうぞお乗りください」
優花は目の前にいる“小鉄”の言われるまま車に乗ったのだった。

 

 

「姐さん驚かれたと思いますが、人間の世界ではこんな感じになりまして」
「ほんとうに小鉄なの?」
「へい、見えないように隠しているんですが、これが証拠です」
そう言って小鉄はネクタイを緩めると、首には見覚えのある小鉄の首輪がついていた。

 

 

「これで信じてもらえましたか?」
「うん、まあそうなんだけど、人間になるとそんな風になるんだ」
優花は運転席を覗き込むように小鉄を見ると、なにか納得する自分がいた。

 

 

「姐さん、場所は渋谷でよかったですね。あそこを待ち合わせにするなんて、姐さん粋です。あそこは私らにとっては聖地ですから。姐さん、あっしらのことを思って、さすがです」
「聖地?ハチ公前が、そう言われればそうかもね・・・」
「姐さん、今日もきまってますね、その服。似合ってますよ。綺麗です」
優花はバックミラー越しに見ている小鉄と目が合うと恥ずかしくなり、胸が熱くなった。

 

 

「姐さんシック系が多かったですけど、シック系もできる女性って感じで似合ってますけど、暖色系の原色も華やかで魅力的な姐さんらしくて、俺は好きっす」
「はあ、どうも・・・。それより、その“姐さん”ってどうにかならない?なんか私、その道の人みたいじゃない。他の人が聞いたら恥ずかしいから、そ、そう言う問題ではなく、“姐さん”は可笑しいって話よ」
「“姐さん”は姐さんっす。他に呼びようがありません」
「優花でいいわよ。私も“小鉄”って言ってるんだから」

 

 

「呼び捨てなんてできません。それだけは勘弁してくだい」
「だったら、“ゆうかちゃん”でいいわよ」
「“ゆ、ゆうかちゃん”ですか!あっしが呼ぶんですか!」
「そうよ、じゃ今から“ゆうかちゃん”、わかった?命令よ」

 

 

「ゆ、ゆうかちゃん・・・さん姐さん」
「なに言ってるのよ、ゆうかちゃん、ほら言ってみて」
「ゆ、ゆ、ゆうかちゃん。あ~そんなふうに呼んだら、俺、しっぽ千切れるぐらい振ってしまいますよ!」
「なに言ってるのよ。今は人間でしょ、しっぽなんかないじゃない」

 

 

「それは、そうなんですけど。まいったなー。姐さんには、あっ違った、頭のいいゆうかちゃんさんにはもう頭が上がらないっす」
「その“いっす”も止めて。普通に話してよ」
「はい、わかりました。ここへ来る前の主人が、任侠映画が好きでよく一緒にDVD見てたもんですから」
「ハハハ、小鉄はユーモアもあって面白いわね。かっこいいだけじゃないんだ」

 

 

「私がですか?ゆ、ゆうかちゃんさんに言われたら、俺、もうどうにかなっちゃいそうなぐらい、このまま空を飛んで行きたい気持ちです」
「ちゃんと安全運転でお願いよ」
「わかってます。命に代えてお守りします」
「もう何言ってるのよ、大げさなんだから」
優花は小鉄の素直でまっすぐな会話に母性本能をくすぐられ、胸がキュンとした。

 

 

「ゆうかちゃんさん、ゆうかさんでいいですよね。ゆうかさんは、ほんと優しいですよね。心が広いっていうか、人としての器がでかいです。

 

この間の妹さんとの一件でもそうでしたが、相手のせいにしがちになるところを、きちっと自分と向き合われて、そして妹さんの気持ちにも寄り添われて。

 

あの後、妹さんのところに行って、謝りに行かれたんですよね。妹さんもなにか腑に落ちないままだったと思うし。人と向き合える強さって、なかなか簡単じゃないですからね。わかっていても、なかなかできることではないと思うんです。身内であればあるほど。

 

だから、ゆうかさん、すごいです。尊敬です。ゆうかさんをお嫁さんにする人は、幸せだと思います」

 

 

「私はそんなにすごくないし、小鉄が思ってるほどいい女性じゃないし、嫌なところもいっぱいあるし」
「それでいいんです。完璧な人なんていません。でも、嫌なところがあるからって、いいところを認めてあげないのは、自分がかわいそうです。

 

なんだかんだ言って、自分のことは誰よりもやっぱり自分が一番わかっていると思うから、自分が自分のことを嫌いになったら、やっぱり自分がかわいそうです。

 

だから、ゆうかさんもいいところはいいところで認めてあげて、もっともっとその部分を輝かせて行ってください。ゆうかさんは俺の憧れの人ですから」

 

「小鉄って、子供みたいにまっすぐで無邪気なところもあるかと思えば、哲学的で大人っぽいところもあって、ほめ上手だし。小鉄は『ほめ上手な達人』ね」

 

「『ほめ上手な達人』だなんて、もったいない言葉ですよ。ただ、ゆうかさんの価値を見てるだけですから。それを素直に言ってるだけですから。

 

たとえ、ゆうかさんに価値を伝えて否定されてもいいです。でも、俺が思ったことは、まぎれもない真実だってことを、俺は自分を信じたい。それを自分も否定するってことは、自分に嘘をつくようなものですから、それだけはしたくないです。

 

そこだけは譲れないし、譲りたくないし、その部分は自分に正直でいたい。

 

ゆうかさん、着きましたよ。私たちの聖地であるハチ公前に」

 

 

「ありがとう。じゃまたあとでね」

 

優花は車から降りるとハチ公前に歩き出したものの、自分が誰と待ち合わせているのかを思い出せずに、ハッとして目が覚めたのだった。

 

 

 

ほめることはとても大事でいいこと。

 

 

でも、ほめると口が上手いとか裏があるとか、
調子のいいことを言っているとかと、
ときに相手に不信感をもたれ誤解されてしまう。

 

 

ほめるとは、相手の価値を見て伝えること。
すなわち、『ほめ上手な達人』。

 

 

だからうわべだけのほめ言葉は、ほめたことにはならない。

 

 

親が子供にほめるときも、
「上手にできたね。すごいね」だけを言うのではなく、

 

 

「何回もチャレンジして上手くできたね」
「今までできなかったのに、すごいね」と、
ちゃんと理由を言ってあげることが大事。

 

 

なぜなら、理由が言えるのは、
相手の価値を見ているからその理由を言えるのです。

 

 

料理もそう。「おいしい」だけで終わるのではなく、
「すごく出しが浸みてておいしい」と一言付け加えると、

 

 

そこに作り手の価値(工夫・ひと手間・努力)を
見ているのだから。

 

 

この当たり前のようなことをおろそかにし、
私たちは人間関係をぎくしゃくさせているのかもしれない。

 

 

ここまで言わなくても、
きっと相手はわかってくれていると思い込んで。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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