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◆心の底から自分らしく生きるメソッド◆

「光曉和尚の愛と心のセラピー物語」

~私、自分らしく人生を生きます~

 

 

※はじめてこられた方は、

この物語の『登場人物』・『あらすじ』を 先にお読みいただければ幸いです。

 

§ 『アフォアフォ』の思い込み

 

前回、和尚は、なぜ苦しむ原因が『幸せになることが怖い』のかという話をした。

今回は、この『観念』がどうやって創られ、それが間違った思い込みをすることによって、どのように価値判断をするのかを話そうとしたのだった。

 

 

「さて、瑞枝さんのご機嫌は直りましたか」

「私はいつでもご機嫌です」

「それはよかった。このままご機嫌よろしゅうお頼み申します」

瑞枝がアヒル口をしたまま和尚を見ていると、有里が、

「瑞枝ちゃん、そういうときは、『はいはい、かしこまったでございます』って返したり」

和尚は、有里のこの直感のユーモアのセンスに自然と笑いが出たのだった。

 

 

「これから、もう少し『観念』の話をしておきます。この『観念』がどうやって創られ、それが間違った思い込みをすることによって、どのように価値判断をするのかを、例え話を使って話していきたいと思います。

 

 

例えば、有里さんと瑞枝さんが、アマゾンの奥地のある村の部族を訪ねたとします。そこで、その部族の人たちは槍を持って二人が来るのを待ち構えていました。

 

すると、その部族の男性たちは一斉に、『アフォアフォ』と言い出したのです。瑞枝さんは、その言葉を聞いてどう思いますか」

 

「“アホアホ”って言われている気がします」

「アハハ、それは馬鹿にされているという意味ですか」

「そうです」

「この部族の人が、日本語を知っているとは思いませんがね」

「あっ、そうですね」

「普通は、その言葉の意味がさっぱりわからないですから、なんていっているのだろうかと思うぐらいですよね。

 

そこで好奇心旺盛な有里さんが、『アフォアフォ』の言葉のニュアンスを聞いて、日本語の“アホアホ”的にあまりいい意味ではないと思い、瑞枝さんに言うんです。

 

『きっと良い意味じゃないよ。あの言葉。私、雰囲気でそう思うねん』

 

それを聞いた瑞枝さんは『そうですよね。私もそんな気がしてました。それに、あの言葉のニュアンスは世界中どこでも一緒のような気がするんですよね。世界は一つですから、どこも似たり寄ったりですよ』と。

 

『アフォアフォ』の言葉をそのように意味づけした二人は、そう思い考えたわけです。

 

『観念』という言葉の意味は、ものごとに対して思った考えのことでしたよね。

 

そして、有里さんと瑞枝さんは、その『アフォアフォ』という言葉を、あまりいい意味ではないと思い込むわけです。こうして『観念』が創られたわけです。

 

『アフォアフォ』という言葉が良い意味じゃないとそう思い込んだ二人は、その言葉に反応してだんだん嫌な気分になってきました。

 

さらに部族の男性たちが声高に『アフォアフォ』と言うので、二人は気持ちが怖いと思って、そんな顔の表情になっていました。

 

部族の男性たちは、二人のそんな顔の表情をみて、またさらに勢いを増して声高に『アフォアフォ』と叫んだのでした。

 

二人は、その声の勢いにさらに怖くなって、身を縮めるように怯えた顔をしていました。

 

そこへ、村長と交渉を終えたガイド(兼通訳)の人が戻って来て、二人はそのガイドに駆け寄るようにいうわけです。

 

『あの人たち怖い!私たちこれからどうなるの?』と。

するとガイドは、『なにが怖いんですか!あなた方は美しい神聖な使者として、最大の歓迎を受けているんですよ』

 

瑞枝さんは言うんです。

『えっ!うそー!“アホアホ”って、私たちになにをやりに来たのかと、大声で威嚇してるじゃないですか!』

『なにを言ってるんですか!あなた方は最上級の歓迎を受けているんですよ。あの“アフォアフォ”という言葉は、彼らの神聖なお祭りの儀式のときに言うものです。

それを、この場で言ってもらえるというのは、あなた方は彼らの信じる神と同じ扱いなのです!』

 

有里さん言うんです。

『へー!そんなにすごい言葉なんですか。『アフォアフォ』という言葉は、どんな意味があるんですか』

するとガイドはため息交じりの言葉でいうんです。

『いいですか。あの言葉は、神への誓いです。“アフォアフォ”というのは、私たちは一切の邪心を持たず無条件の心で神を受入れますと、言っているんです。だから、彼らは無条件の心で神聖な使者であるあなた方を迎えたのです。それを威嚇しているなどと』と。

 

 

有里さん、瑞枝さん、この話を聞いてどう思いますか。こんな間違った思い込み日常の中でたくさんしていませんか。

 

間違った思い込みは、私たちにその間違った『観念』をつくるのです。

 

そして『観念』は、私たちが価値判断する基準でもあるのです。

私たちが持っている『観念』が、“良い悪い”の判断し、その現実を創るのです。

 

 

有里さんと瑞枝さんが、全く逆の意味の否定的な言葉だと思い込んで日本に帰っていたら、それを知らない人にとっては、あなた方が真実になってしまうこともあるのです。

 

このお話は、私の知人のアメリカ人の方が、大学生の頃に人類学を専攻していて、実際にアマゾンに行ったときの体験を参考にした例え話です」

和尚はさらにと言って、話をしたのだった。

 

つづく

次回明日12月15日(日)は、

メソッド実践編:「自分軸をつくる大切さ」をお話します。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。 心より感謝いたします☆

※この物語は、実話にもとづいたフィクションであり、登場する人物など、実在のものとはいっさい関係がありません。

 

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