『§まっすぐに生きるのが一番』
「第23話:人間関係からの安心よりも自分の強さの果てに②」

 

 

「§値踏みされる自分」

 

望月優花からの電話に警戒心を高めながら、哲也は相手の出方を窺っていた。

 

 

「あの・・・望月優花です。先日はご一緒させていただいて、ありがとうございました」
哲也はその声に緊張をしながら電話を架けていることが伝わってきた。
「ああこれはどうも。こちらこそありがとうございました」
哲也はまた相手からの出方を窺い、数秒沈黙ができた。
「今、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です」「で、なにか」と言う言葉はさすがに飲みこみ、また沈黙ができた。
「あの・・・先日は短い時間でしたが、楽しい時間を過ごせて・・・それで、もっと犬丸さんと話がしたかったなという思いがあって、ほとんど話ができなかったので・・・それで美雪さんにこの番号を教えていただいて、迷惑かなって思ったんですが・・・」
そんなことだろうと思ったが、
「とんでもないですよ、迷惑だなんて」と言う言葉が反射的に出てくる。
「私、電話でお話するの、実は得意でなくて、直接会って・・・お食事でもしながら、いろいろお話できたらいいなって思うようになって。あ、信じてもらえないかもしれませんけど、自分からこんなふうに誰かをお誘いするのって、初めてなんです。もしご迷惑でなければと思って」
「こちらこそ、よろしくお願いします。日時はできるだけ合わせられるようにします」
胸の中で希望の炎が燃えていた。もはや希望を持たないように警戒していた自分は、どうでもよくなっていた。5分程度の電話だったが、今週の土曜日の午後に会う約束をしていた。この間会った彼女との時間は、その日限りで終わった夢というか、希望を持たないようにしていただけに、今こうして彼女と会えることになって自分でも信じられなかった。

 

 

土曜日、哲也は予定の待ち合わせの時間より30前も前に着いていた。この数日間で哲也は心構えができていた。突然電話が掛って来て「急に都合が悪くなってしまって」とドタキャンされる。待ち合わせの時間になっても彼女が現れず、待ちぼうけをしている自分の姿。

 

時計を見ると予定の待ち合わせの10分前になっていた。すると遠くから彼女が歩いて来るのが見えた。「まじ、来た」と急に胸が熱くなるのを感じ、急いで彼女が歩いて来る後ろを回り込むように雑踏を移動して彼女に声を掛けた。
「お待たせしました」
「いえ私も今来たところですから」
まじかで見る彼女の姿に、胸の炎が大きくなって息苦しさを感じる。二人歩く距離が急接近する度に息苦しさが増す。雑踏とは違う息苦しさ。やっとの思いで人混みを抜けると、
「いやどうも人混みが苦手で息が詰まりそうになったもので」
「そんな感じがしました。私も人混みが苦手でその気持ちわかります」と、彼女の言葉に救われほっとする。
「どこ行きましょうか」と言ってから後悔し、待ちぼうけをしている自分の姿の続きを考えていないのだからプランがあるわけもない。ここも彼女に救われる形で、彼女が学生時代によく行っていた昔ながらの喫茶店に入った。

 

 

落ち着いた内装の店内。半分ほど席がうまっていたが、窓際のテーブルが空いていたので、彼女は荷物を置いてコートを脱いだ。白いセーターがまぶしく、ファッションのことはよくわからないが、彼女にはよく似合っていると思った。メニューを見てオリジナル珈琲とブレンド珈琲の違いがわかないまま店員が来たので、「僕はオリジナルブレンド珈琲で」と真顔で言うと、「オリジナルを二つ」と彼女に言われてしまった。
「ここの珈琲、ブレンドもいいんですけどもオリジナルの方が人気見たいです」と、彼女の優しいフォローに嬉しくもあり悲しくもあり、顔から火が噴く。このままずっと無言で貫きたい気持ちになったが、デーブル越しに彼女の美しい顔をじっと見ているだけの図太さを持ち合わせているわけもなく、
「美雪さんとは同じ部署ですか」と場をつなぐためにそんな質問をする。
「私が新人のときに美雪さんが私の教育係で、厳しく私を指導していただいて、美雪さんが異動になってからご飯に連れて行ってもらうようになって、今は妹のように仲良くしてもらっているんです」

 

彼女には単なるそれだけの会話だったかもしれないが、しかし自分はつい余計なことを考えてしまう。美雪さんが彼女を妹のようにかわいがっているということは、今日のことが先輩や美雪さんに知られてしまったら、言い訳の余地はない。もう逃げることができないかもしれない。いや彼女とこのままつき合えるんだったら、ひょっとしていいことかもしれない。でも、いや待てよ、そもそも彼女に自分の電話番号を教えたのは美雪さんなんだから、そこまで考えることもないんだ。そんなことを考えながら、哲也は彼女と美雪さんとの思い出話を聞いていた。

 

 

話が一区切りついたところでちょうど、珈琲が運ばれて来た。話題を変えるには絶妙のタイミングで、今度は彼女が質問をする。
「犬丸さんはずっと今のところで働いているんですか?」
「お住まいはどちらですか?出身はずっとこちらですか?」
「大学では何を専攻されていたのですか?」
「ご兄弟は?お父さんはどんなお仕事をされているのですか?」
哲也は矢継ぎ早にされる質問に何を聞きたいのかと考えながら、これは自分が結婚相手にふさわしいかどうか値踏みをされているのだと思った。それならそれでいい。最初からないと思っていた夢の続きがこうして実現したのだから、彼女と出会う前の状態に戻るだけのこと。この際自分史をすべて語ってはっきりさせてやろうと思ったのだった。

 

 

つづく。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 

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