「やさしい嘘と偽りの嘘」
『§まっすぐに生きるのが一番』
「第31話:やさしい嘘と偽りの嘘」
哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。
哲也はここしばらく優花と会えない日が続いていた。それは優花の家に、秋田から父方のおばあちゃんがやって来たからだった。
『そんなことで会えないなんて』と思いながらも、なんとか優花からの日々の電話で自分の寂しい気持ちを持ち堪えていた。
そして、ようやく1か月ぶりのデートとなった。と言っても夕方までのデートだった。
「哲也ほんとにごめんね。今おばあちゃんが来てから、家の中がごたごたしていて」
哲也は優花に会うまで、ちょっとしたすねた気持ちを持っていたが、久しぶりに“哲也”と恋人になってからの呼び方で呼ばれて、もうそんなことはどうでもよくなっていた。
「もうね、電話では詳しく話しできないことを、哲也にずっと聞いてもらいたくて。今日会えるのほんとに楽しみにしてた。元気だった?」
「うん、元気だったけど、それよりおばあちゃんが来て大変なんだ」
「そうなのよ、聞いてくれる。どこから話せばいいかな。おばあちゃんは元々秋田で書道の先生をやっていて、東京にいるお弟子さんがしばらく入院するから、そのピンチヒッターとして家にやって来たの。それでおばあちゃんがやって来てから、家族の中でいろんなことが起こって」
「うん、電話でその辺りは聞いた」
「そうよね、ごめんね。哲也にいっぱい話したいことがあったから、なにから話せばいいかなって思ってつい、はじめの部分はわかってるから省略だよね。
そうそう、おばあちゃんが来て、最近気づいたことがあったの。
おばあちゃんがはじめに来た時お母さんに、『食事もすべて自分のことは自分でしますから構わないでくださいね』って言って、お母さんも『一人増えるのも同じだから』って言ってたんだけど、『若い人たちと同じものはもう歳なので、せっかく作ってもらったのに残しちゃうと悪かいら、お台所だけ貸してもらっていいかしら』と言って、ご飯を炊く土鍋やマイ味噌も秋田から持って来てたの。
お母さん、それ見てなんか不機嫌そうになってて、『私が作りますから』と言ったら、おばあちゃんは頑として『私がします』と言って、なんか私、嫁姑戦争がはじまっちゃうんじゃないかと心配になったの。
それにね、おばあちゃんが使った後のキッチンはいつもピカピカになっていて、それもお母さんにしたら嫌だったと思うのよ。お母さんもきれい好きな方なんだけど、今近所の人に頼まれてお惣菜のお店を手伝って帰って来るから、以前と比べるとそうかもしれないけど、それでも十分きれいなんだけどね。
それでね、ある時おばあちゃんが書道教室の人に食べさせたいからって、煮物をたくさん作ってて、たくさん作り過ぎたから食べてと言って夕食に食べたわけ。それが食べたら美味しかったのよ。お父さんも帰って来て食べたら『うまい、うまい』を連発して、『久しぶりにおふくろのうまい料理を食べた』って言うわけ。でも私、その時のお母さんの顔を見るのが怖くってさ。やっぱり不機嫌になってるわけよ。
それでさ、おばあちゃんよく書道教室にって料理作るわけ。それでたくさん作るから我が家の食卓にも毎回上るわけ。
そしたら、いつもは帰りが遅かったお父さんが帰って来るのが早くなって、高3の妹も勉強もせずいつも夜遅くまで遊んで、家でご飯を食べることが少ないのに早く帰るようになって。それで私も気がついたら、ご飯が楽しみになってて。
それがさ、はじめはお母さん、あまりいい顔をしてなかったと思うんだけど、気がついたら今まで平日に家族そろって晩ご飯を食べることなんかなかったんだけど、そしたらそこでみんながいろんな話をするわけ。お父さんは毎日じゃないけど、それでもお父さんの帰りも早くなってて、お母さんも一日あったことを話してて、そんなみんなの話が楽しくってさ。今ではお母さんもすっかりおばあちゃんの料理のファンになっちゃって、おばあちゃん様様って感謝してて、最近はご機嫌なのよね。
でもある時おばあちゃんが、近所の一人暮らしのおじいさんが入院することになって、だれも犬の世話をする人がいないからって勝手に引き受けて来たの。さすがにお母さんも夜中に鳴いて近所迷惑になるし、結局自分が面倒を見ないといけなくなると思って反対したみたい。結局はおばあちゃんが散歩にも連れて行き、すべて面倒見るからと押し切られたみたいで、犬小屋まで運んできて家の裏で飼うことになったんだけどね。
3歳ぐらいの中型の柴犬で、飼い主が小鉄って名前付けたから私たちもそう呼んでて。ほとんどおばあちゃんが散歩に連れて行ってるんだけど。この前は私もおばあちゃんと散歩について行って、これがけっこう力が必要で、リールを持つ手のまま何度も体を持って行かれそうになって。おばあちゃん一人で大丈夫かなって思ってたら、おばあちゃん私より力が強くて、秋田で畑してたから若いもんにはまだまだ負けないって。
でね、今だれが犬の散歩の世話をしてるかわかる?それが、高3の妹なのよ。今まで勉強もせずいつも夜遅くまで遊んでて、たまに家でご飯食べたと思ったらまた友達のところに出かけて行って。髪も茶髪に染めてなかば家の問題児になってて。
高校卒業後の進路もあって、親は大学に行かせたいみたいだけど、今の成績じゃどこにも受からないって学校の先生にも言われてて、注意しても聞かないから親も私も今ではほとんど何も言わなくなっちゃって。
それがさ、朝学校に行く前に散歩に連れて行って、学校から帰ってきたらまた散歩に連れて行って、ご飯も朝晩あの子が世話してるのよ。そう、この間なんか朝雨が降ってるのに、それでもレインコート来て散歩に行くのよ。しかも散歩から帰って来たらタオルで体を拭いてあげて、仕上げにドライヤーで乾かしてあげてた。
それでね、ある時妹が犬と話をしている内容を聞いてしまったの。
『小鉄、ずっと一緒にいようね。私ね、この家の問題児なの。でも小鉄とおばあちゃんは私の味方だもんね。私ね、これでもこのままじゃダメだなってわかってるんだよ。高校卒業したらどうしようかなって。
私さ、お姉ちゃんみたいに勉強できないじゃん。先生からも大学は無理って言われてて。小鉄、私どうしたらいいと思う?やっぱり今の時代大学は行った方がいいよね。友達はお金ないから無理って言ってたけど、うちは出してくれそうだからまだ恵まれてるなって。
ねえねえ、小鉄。私どうしたらいいと思う?・・・そっか~やっぱり、だよね。わかった。私決めた。大学行く。小鉄、応援してくれる?じゃーチューして、チューーー!』
私、それを聞いてて涙が止まらなかったの。妹はこの家に居場所がなかったんだって。家族で暮らしているけど、ほとんどみんな用事があるとき以外は会話がなかったし、食事もバラバラだったし。それに私と妹は10歳も歳が離れているから、どうしても話があわないから姉妹なのに距離があって、妹にずっと寂しい思いさせてたんだって。
それがおばあちゃんが来てから、家族みんなでご飯を食べるようになって、食事をしながら会話があって、忘れかけていた家族の絆を思い出したりして。おばあちゃん以外にも小鉄という新しい家族が増えて。
今思うと、みんなおばあちゃんは家の問題をわかってて、書道教室の料理もあれは口実で、ほんとうは家族のために作ってて、仕事で疲れて帰って来るお母さんの負担を減らそうとして。そしておばあちゃん、妹が小さい時から動物が好きなことを知ってて、はじめからこうなることがわかってて、犬を飼うつもりで連れて来て。
すべておばあちゃんが言うことは嘘だったって。そう、すべておばあちゃんの“やさしい嘘”だってことに気づいたの。
人を傷つけるような偽りの嘘はダメだけど、人と人とがつながりあうためには、ときにおばあちゃんのような“やさしい嘘”も大事なんだって・・・」
哲也は泣きながら話す優花をそっと引き寄せると、優しくそして強く抱きしめたのだった。
家族一つ屋根の下で暮らしていると、気がつかないこともあるかもしれない。
それ以上に、気づいていながら、どうしたらいいのかわからない無力さに、人はどんどん互いの心の距離を遠ざけていってしまうのかもしれない。
だからこそ人はそんな自分に腹が立ち、優しくと思っていながらもついきつい言葉を言ってしまい、また自分自身を強く責めるのかもしれない。
問題をわかっていながら、
助けることのできない無力な自分。
それが愛する人であればあるほどに。
それは人が人を愛するがゆえのさがなのだろうか。
真実は、愛は決して人を傷つけない。
ならば、それはなんのなか。
それはいずれまた、別の機会に書きたいと思います。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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