『§まっすぐに生きるのが一番』
「第57話:自分の価値観を磨く」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。

 

 

 

前回、哲也は『最近の生き方は、“和”を“なごむ”と言うよりも“個”を“なごむ”と言った生き方の方が、大切なのかもしれない』と、優花のおばあちゃんの言葉を聞いた。

 

 

2000年になってから“つながり”や“絆”と言った、互いに相手を大切にし、協力し合う関係にある“和む”と言ったことをよく耳にするようになった。

 

 

なのに“個”を“なごむ”と言った生き方の方が腑に落ちる現代。

 

 

その日々の中で、ITやAIといった技術が目まぐるしい勢いで進化していく。

 

 

それは、人との関わりを持たずに生きていける、“個む(なごむ)”化がどんどん加速するのではないか。

 

 

なぜ、“和”を大切する心の時代と言われながら、“個”がどんどん加速していくような時代でもあるのか。

 

 

 

哲也は優花と会う前は、人間関係から得られる安らぎよりも、一人でも好きなことから得られる安らぎだけで、今の自分を十分楽しめていると思っていた。

 

 

当時の自分は、人間関係の希薄化が言われているが、人間関係からの煩わしさのせいで、いつも我慢を強いられたり、人間関係に誤解を生んだり。また時には傷ついたり、裏切られたり。それならいっそのこと強がって生きたほうがらくだと。

 

 

人間関係からの煩わしさから得られるやすらぎよりも、自分が強くさえあればそれなりに自分一人でもやすらぎも得られると。

 

 

そんな哲也だったが、優花と出会い、優花からおばあちゃんの話を聞き、そしておばあちゃんとの出会いが、さらに彼の独りよがりの価値観を変えていったのだった。

 

 

 

この哲也と優花の物語は、第22話からはじまった。

 

 

第1話となる冒頭では、

 

 

『ワンルームの部屋で新年を迎えた犬丸哲也は普段と変わらない休日を送っていた。この正月休みの用事と言えば、会社の先輩から3日の日に飲みに行く約束をしたことぐらいだった。

 

 

自分は普段からあまり人との付き合いもなく、会社と家の往復をする毎日だったが、そんな生活は嫌いではなかった』と。

 

 

 

私たちは日々の暮らしの中で、どうしてもワンパターンな生活をしがちになることの方が多いと思います。

 

 

それはそれで、安穏無事な自分が安らげる生活リズムだったりするわけです。

 

 

しかしながら、欲求階層説で有名なアメリカの心理学者アブラハム・マズロー(1908年-1970年没)が書いた“MASLOW ON MANAGEMENT”の中の一文には、このようなことが書かれています。

 

 

【人間は生まれながらに創造性や革新(方法・習慣などを改めて新しくすること=イノベーション)をもたらす力を備えている。

 

 

有効的な問いかけとは『ひとはなぜ創造するのか』ではなく、『ひとはなぜ創造し革新しようとしないのか』と問うことであろう。】と。

 

 

ただ、私は思うのです。

 

 

この問いに対して自分に問いかけるのもいいですが、哲也が知らず知らずのうちに優花のおばあちゃんから影響を受けたように、ちょっといつもと違う体験をすることの方が、『創造性や革新』が得られるように思うのです。

 

 

それはいつもとは違う道を通るとか、いつも同じ車両の同じ扉に乗っているのを違う車両に乗ってみるとか、そんな些細なことからでいいのです。

 

 

そのときに大切なのは、違う変化をただ感じたままにせず、感じたことを言葉にしてほしいのです。

 

 

それは声をださずとも、「へ~こんなところに○○があったんだ」みたいなことを心の中で言ってほしいのです。

 

 

その繰り返しは意識を活性させ、今日よりも違った明日を見る発見力を身に付けます。

 

 

ポジティブな思考の意識づけにもなっていきます。

 

 

それが、自分の価値観を磨くことにつながっていくのです。

 

 

なぜなら、つねに人は自分にある物差しでしか物事を測れないから、

 

今ある自分の価値観でしか物事を測れず、

 

 

変わらない変われないと、

 

自分が納得できる理由に帰着するのですから。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

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