『§まっすぐに生きるのが一番』
「第59話:人は自らの学びのために家族を選んで生まれてくる?①」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。

 

 

優花との久しぶりの二人だけのデートの約束をした哲也は、心のギアのシフトを上げていつもより心身ともに気力が漲っていた。

 

 

と言っていた矢先に、優花から家の箪笥の配置換えをしるのに男手が必要だからと、また二人だけのデートはお預けとなったのだった。

 

 

 

その週末動きやすい服装で出かけた哲也は、優花の家のインターホンを鳴らした。

 

 

しかし、出て来たのはあのスーパーおばちゃんだった。

 

 

「あらあら哲也さん、お久しぶりね。この間の公民館の講演に来てくださってたんですね」

 

 

「あっはい、とても心に響くためになる話を聞けて嬉しかったです」

 

 

哲也はスーパーおばあちゃんを前にして緊張した。

 

 

「今ね、優花ちゃんとお母さんたちは夕飯の置か物に出かけていて、哲也さんが来たら待ってもらってと言伝を賜ってましたよ。力仕事をしてもらった後に夕飯を食べて行ってもらいたいと、張り切って行ったところです。さあ、どうぞ中にお入りになさって」

 

 

哲也な何度か来たことのあるこの家も、いつもは優花の妹やお母さんがいて賑やかだったが、今日は静まり返っていた。

 

 

哲也はかしこまって居間のソファーに腰かけた。

 

 

おばあちゃんがお茶を煎れてくれた煎茶を、手持無沙汰と緊張からすすった。

 

 

『うまい!いつも入れてくれるお茶なのだろうけど違う』

 

 

「おばあちゃんお茶美味しいですね!」

 

 

「あらそうかしら、いつもみんなが飲んでるお茶ですけどね」

 

 

「そうなんですか。いやでもいつもと全然違います。お茶の入れ方で味が変わるって聞いたことがありますけど」

 

 

「そうかしらね、やかんでお湯を沸かしたぐらいですかね」

 

 

それで話しが終わったしまった。

 

 

哲也はいざおばあちゃんと二人きりになると、どうしたらいいのかわからず、なにか話しかけないと思えば思うほど、この部屋が寒空の静寂に包まれていくように思った。

 

 

おばあちゃんはこの静寂の時間を楽しむかのように見えたが、哲也はこの静寂が優花と出会う前の一人強がって生きていた自分を思い出していた。

 

 

さらにその思い出は、目の前にいるおばあちゃんを高校生の時に亡くした母親と重ね合わせていた。

 

 

『母親が生きていたら、こんなふうにゆっくりと二人だけの時間があったのかもしれない』

 

 

哲也は毎日忙しく働いていた母親と、こうしてゆっくりと二人だけの時間を持った記憶がなかったことに、なにか胸が締め付けられる気持ちになった。

 

 

「おばあちゃん、おばあちゃんはほんとすごいですよね。おばあちゃんと会ってから自分は変わった気がします。

 

 

おばあちゃんの話を聞くだけでなく、おばあちゃんの優花や優花の家族との関わりも全部、学ぶものが多くていつも自分の中で大きな学びになっています。

 

 

おばあちゃんはなんでそんなにすごいんですか」

 

 

「お褒めにいただいて光栄ですね。でも普通の年よりですよ」

 

 

「いえ違います。おばあちゃんは懐が大きくて愛情があって、いつもすべてを俯瞰しているような感じに見えます。どうしたらそんなふうになれるんですか。ずっと前から聞いてみたかったんです」

 

 

「たいしたことはしてませんよ。ただ目の前にあることを生きていただけですよ」

 

 

「そんなことありません。ただいろんな苦労があって今があるのだろうなと言うことはわかります。なにかきっかけみたいのがあったのですか」

 

 

「哲也さんより多く生きているからそう思うだけですよ」

 

 

「おばあちゃんに限ってはそう思えません。なにかきっかけと言うか、どんな勉強をされたんですか」

 

 

「勉強なんかしてませんよ。目の前のことに一生懸命生きていただけですよ」

 

 

「でも、目の前のことって言っても、心配事や不安、時には困難なこともあったと思います。そんなときどうしてそれらを乗越えてこられたんですか」

 

 

「そうね・・・」

 

 

そう言っておばあちゃんは、どこか遠くを眺めるように昔のことを思い出しているようだった。

 

 

哲也はこの沈黙が嫌ではなかった。なにか懐かしさえ覚える時間だった。

 

 

「そうね・・・。これからお話する話は、哲也さんには信じてもらえるかしら」

 

 

「もちろん信じます」

 

 

一瞬おばあちゃんは哲也の意志を確かめるように、今まで見たことのないような毅然とした態度と鋭い目で哲也を見た。

 

 

「私にも不思議な体験だったんだけどね。哲也さんは、

 

 

『人は自らの学びのために家族を選んで生まれてくる』と聞いたらどう思う?」

 

 

哲也はその言葉の意味が理解できなかった。

 

 

人は自らの学びのために家族を選んで生まれてくる?

 

 

自分は自らの学びのために父と母を選んで生まれて来た?

 

 

言葉を聞いて医学的科学的にしか考えられない哲也だったが、おばあちゃんが言うだけになにかとてつもなく心震えるように興味が湧き起こり、その話に惹かれた。

 

 

おばあちゃんは当時のことを思い出すかのように話し出したのだった。

 

 

つづく

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

 

 

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