『§まっすぐに生きるのが一番』
「第64話:決めようとすると怖さが出てくる」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。

 

 

哲也やおばあちゃんとの話を聞き、心新たにもっと日々の体験から勉強し、気づきと学びを意識して生きようと思ったのだが、なにか不安な気持ちになった。

 

 

この気持ちは、一度や二度ではない。なんでこういつもこんな気持ちになるのだろうかと思いながら、その今の気持ちをおばあちゃんに聞いてみたのだった。

 

 

 

「おあばあちゃん、聞いてもいいですか。おばあちゃんの話を聞いて、これから『よし!頑張ろう』と思ったんだけど、そう思うといつもなにか不安な気持ちになって。

 

 

そう思っていると、『またいつかすればいいや』となって、結局なにも変わっていない自分がいるんですよ。

 

 

今回も、おばあちゃんの話を聞いて、少し経つと同じ気持ちになって。なんでそんな不安な気持ちになってくるんですか」

 

 

「そうだね、不安っているよりも恐れだね」

 

 

「恐れですか」

 

 

「そう恐れ。人はなにかしようと思うと、それなりの覚悟と勇気が必要になってくるものでね。その覚悟と勇気を引き受けるだけの決意があれば行動できるんだろうね。

 

 

でも、なかにはその覚悟と勇気を自分に引き受けるだけの決意ができないこともあるのよ。

 

 

その決意ができないことを阻むのが、『恐れ』なんだけどね。

 

 

哲也さんの場合はこんな感じじゃないかしらね。

 

 

なにかをしようと思って、いざ行動しようと思ったときに、その『恐れ』が不安という気持ちになって来るのだと思う。

 

 

その『恐れ』を感じてしまうのは、これからやろうとしていることを、上手く、完璧に、いい結果を出さないと、と思ってしまうからではないかしらね。

 

 

今の時代は、結果ばかりに目が行きすぎていて、その結果に辿り着くまでの過程、プロセスを楽しむ余裕がなくなってきているのかもしれないね。

 

 

結果や成果を導くためには、その過程があるもんだよ。

 

 

その過程には、いろんな自分を成長させてくれる出来事があるんだけど、そこにある学びや気づきからなにかを得ることを忘れがちになるもんでね。

 

 

だから結果や成果の評価に対する責任だけが大きくなって、人はその責任を取る怖さから、足踏みをするのかもしれないね。

 

 

そして、その結果や成果を出すことばかりに気が行ってしまい、本来なんでそれをしようと思ったのか、なんでそれを達成しようと思ったかを忘れてしまうんだね。

 

 

そうして、結果や成果を出すことをゴールにするから、本当は本来の目的を達成するために行動しているのに、結果や成果に喜びが行ってしまう。

 

 

それって、結果や成果の帳尻合わせのような気がしない?

 

 

その結果や成果が数字だったりしたら、その数字に価値があって、本来の目的には価値がないように思ってしまうんじゃないかしら。

 

 

人は本来、感謝や喜びと言った人に役に立つことに喜びを感じるもんだと思うんだけど、そうなったら心が疲弊してしいってしまうと思うんだよね。

 

 

あと、その結果や成果に対して責任があると、その責任を果たすことが価値となって来ることもあると思うのよね。
もちろん責任を果たすことは大切なことよ。

 

 

でもね、数字を達成することが責任を果たすことではなくて、本来の目的を達成するために責任を果たすわけで、よりその目的を明確にするために、数字があるのだと思うのよね。

 

 

哲也さんはどう思うかしら。

 

 

確かに責任って言葉は、重い言葉だよね。

 

 

責任って、頼りにされることだから、よけに人はその責任にこだわってしまうのかもしれないね。

 

 

そうよね、責任を果たさなかったら、相手の人から評価されなくなったり、信頼されなくなってしまうものね。

 

 

だから失敗を恐れて『恐く』なるし、完璧にできるだろうか、上手くできるだろうかと、思い悩んでしまうのでしょうね。

 

 

でも、答えは、本来なんのためにそれをするか忘れないことだと思う。

 

 

忘れるから、本来しようと思った『喜び』の動機を、責任を果たさなければ、結果や成果を出さなければと、『喜び』の動機が『恐れや不安』から行動するようになるのよね。

 

 

そんな風になにかをやったら、疲れてしまうと思わないかしら。

 

 

だから、人はなんのために生きるのか、なんのために人に尽くそうとするのか、それをしっかり自分の中に持っておかないと、人は他人の評価や顔色を窺って生きてしまうように思うのよね」

 

 

哲也やおばあちゃんの話を聞き、自分の仕事を考えていた。

 

 

責任ある立場を任され、そこには当然数値目標があり、さらに期限までもがある中で、自分はなんのために仕事をしているのだろうかと。

 

 

おばあちゃんは、そのためには、自分がしっかりとどう生きるかが大切だと言った。

 

 

それって、仕事だけでなく、恋人の優花とこれからどう生きるかにもつながっていると思った。

 

 

そして、さらにその先にある優花とのどんな家庭を作り、その家族とどう生きるかにもつながっていると思ったのだった。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

 

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