『§まっすぐに生きるのが一番』
「第25話:人間関係からの安心よりも自分の強さの果てに④」
「§最高の殺し文句」

 

 

優花を恋人にできるためだったら、自分の「強さ」なんか放棄してもいい。もし優花を恋人にできたなら、自分の今の「強さ」を失っていい!そう思ったが、その先にある罠に気づいたのだった。

 

確かに彼女を恋人にできたなら、自分の今の「強さ」を失ってしまうだろう。しかしそうなると、自分のその「強さ」に惹かれていた彼女は、結局は離れていってしまうのだ。自分の優花に対する恋心は、成就してもすぐに破局の運命にあるのだ。

 

ようやくわかった。要するに彼女を今のまま拒否し続けている間は好意を寄せてくれるが、彼女を受入れた途端に彼女の好意は雲散するのだ。このまま避けられない運命にある破局、それを回避する手段はただ一つ。優花とは今日を限りに縁を切ることだ。彼女と出会う前の状態に戻ること。それしかない!

 

 

哲也は毅然とした態度で、目の前にいる優花を直視した。しかし目の前で親しげに微笑んでいる美しい優花を見ると、自分から「さよなら」を言える勇気は脆くも崩れた。彼女を恋人にしたい気持ちが勝る。自分の今の「強さ」を失ってしまうのは間違いない。

 

哲也の胸の中で燃え上がる希望。その希望は将来破局の運命にあると思う気持ちとが交差しながらも、今の状態が続くことを願っている自分がいるのだった。
「私、哲也さんの強さの秘密の話を聞いていて思ったんです」彼女がそう言って視線を落とすと、

 

「私は感情表現が乏しいってよく言われるんです。お腹の底から笑ったり泣いたり、そういうことができないのが、ずっとコンプレックスとしてあったんです。

 

感情を表に出さないのも、たぶん子供のころから大人の顔色を窺いながら育ったせいだと思います。私の父と母はできちゃった婚で、母の祖父は岩手の農家で昔ながらの厳格な人だったので、そんな二人を認めなかったんです。父と母は駆け落ちをして岩手を出て仙台で私を産んだんです。

 

私が生まれて祖父は結婚を許してくれたそうですが、私の母は二人姉妹の長女だったので、母の両親と同居することが結婚を許す条件だったんです。でも家には母の妹もいて、自分がこの家の後を継ぐと妹が両親の面倒を見ているところに、私の父と母が子供を連れて帰って来たんです。

 

私が小学校に入るころに家族が東京に引っ越しするまで、いつも家の中は関係がぎくしゃくしていて。そんな雰囲気の中で育てられているうちに、私も大人の顔色を窺うような子供になったんだと思うんです。・・・あ、こんな話を誰かにしたのって、私、初めてです」

 

「僕も中学生の頃の自分を思い出しながら、自分も感情表現が乏しいのはその頃にあるのだろうと思って聞き入っていました」

 

「えっ、私、話を終えて、このような話をしたから、もしかしたら嫌われたんじゃないかと思ってたんです。でも、哲也さんはそれをただ黙って受け入れてくれていたんですね。それが私にはすごく嬉しいです。自分を丸ごと受け止めてくれたように感じられて。

 

哲也さんも、自分の打ち明け話を私にしてくれて、私はその話を同じように受け入れることができたと自分では思っています。そうやってお互いに相手のことを受容し合えたわけですから・・・このままこの関係を続けていけたらいいなって、そう思いませんか?」

 

哲也の消えかけていた胸の中の希望の炎は燃え上がり、巨大な火柱として燃え上がる。

 

「もしそうなったら・・・僕は望月さんの言う『強さ』を、途端に失ってしまいます」

 

哲也が自分の不安に思っていることを正直に伝えると、彼女は微笑みながら、

 

「それって、女性に対する最高の殺し文句だと思います。だって、遠回しに『君を失いたくない』って言ってるようなもんじゃないですか」

 

哲也が優花の顔を見ると、彼女は親しげな表情で微笑んでいたのだった。

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、二人はお互いを認め合った唯一の存在として恋人同士の関係になったのだった。

 

 

 

『§まっすぐに生きるのが一番』
「第26話:人間関係からの安心よりも自分の強さの果てに⑤」
【エピローグ】

 

さまざまなものを失った代わりに得た「強さ」は、今の自分を律する強さにもなっていると思う。と同時にその「強さ」の裏側には傷ついた自分がいる。その傷ついた自分は、自分の脆さでもあり弱さでもある。

 

そんな弱い自分を知ったら、誰もが自分を嫌いになってしまうと思う。だって自分でさえそんな自分を嫌っているのだから。

 

そんな自分を受容してくれたなら、そんな自分を愛してくれたなら、僕は君が思う以上に君を愛するだろう。

 

「僕は、今わかったよ。望月さんが自分より強い人を求めていたのは、こんなことを言ったら嫌われてしまうと思ってきた弱さを、愛してくれるだけの強さを持った人だってことを。

 

僕は望月さんと出会わなければ、この先もずっと自分の弱さが愛の力に変わることを知らずに生きていたと思う。人間関係からの安心ややすらぎよりも、自分の間違った強さをね。

 

望月さんはずっとそんな人を待ち続けてたんだね。

そして、僕も。

 

今なら素直に言える、優花、君を愛してる!」

 
つい強がって相手を遠ざけてしまう自分。わかっていても優しくなれない自分。勇気を振り絞って向き合おうとしても、相手の反応を考えてしまうと、正直な気持ちになれない自分。

 

人はいつの日か、ありのままの自分で生きようとして傷つき、知らぬ間に自分らしさの檻を築き、人はその中で独りもがき苦しんでいるのかもしれない。

 

人は心のどこかで、そんな自分らしさの檻の中にいることに気づかせてくれる人を、傷ついたままのありのままの自分を愛してくれる人を、待ち続けているのかもしれない。

 

その人とは、あなたかもしれない。

 

あなたからの無償の愛を、
ずっと待ち続けているのかもしれない。

 

 

完。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

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