第7話「心のセラピー①」



 尚美は、陽子から光曉和尚に自分が助けられた話を聞かされた。彼女は、陽子があまりにも心配して真剣に話をするので、陽子の手前「会うだけ会ってみようか。」と思ったのだった。

 光曉和尚は、尚美を見ていた。そして、彼女から「私、もう生きている意味がわからなくて。」と言う言葉を聞いたのだった。

和尚は、彼女がただならぬ言葉を言う割には、そこに悲壮感もなく坦々と言うことが気になった。

「ほ~生きている意味がわからないと、なかなか難しい哲学的な話をするね。」と、和尚は彼女の目を見て言った。

彼女は和尚の言葉を聞いて、初めは自分の気持ちをわかってくれそうだと思って、すべてを話そうと思っただけに、正直がっかりした気持ちになった。

「生きている意味がわからないって、みんなそんなことを思って生きているんじゃないかな。」と言う和尚の言葉を聞いて、彼女は腹立たしい気持ちになって心の中でムッとした。

和尚は、彼女のそのわずかな気持ちの表情を見逃さなかった。

 

「今、そんなことを言われてどんな気持ち?」

「えっ!」と、彼女は不意打ちを食らったかのような質問に驚いた。しかし、彼女はどう答えていいのかわからなかった。

「相談しに来たのに、生きている意味はみんなわからないと言われて、腹が立たなかったかな。」と言って、和尚は優しく微笑んだ。

彼女は、自分の中でムッとした気持ちを見透かされていたことに驚き、恥ずかしい気持ちになった。

「なぜこんな話をするかわかるかな?」と言う言葉に、彼女は意味がわからず戸惑った。

「来た時に重いものを背負っている感じがしたのに、あまりにも淡々と他人事のようにものすごい言葉をいうものだからね。」

彼女は、自分ではそんなつもりで言った覚えはなく、自分の思いを言ったと思っていたので、和尚の言っている意味がよくわからなかった。

 

 

「正直なところを言っていいかな。」と言う和尚の言葉に、彼女はなんだろうと思いながらも頷いた。

 

「ずいぶんこの『生きている意味がわからない、生きていても仕方がない。』という気持ちに長いこと付き合って来たね。

 

初めにこの気持ちになった時には、悲しくなったり、不安になったり、辛くなって何もかもが嫌だ~という気持ちになったと思うんだけど、

 

それを毎日毎日そう思っていると、

辛くなりすぎてそんなことを感じることに『意味がない』と感じないようにしなかったかな?

ちょっと今、自分の気持ちに聞いてみてくれるかな?」

和尚はそう言うと、彼女が自分の気持ちに向き合う姿をしばらく眺めていたのだった。

 

 

 第7話「心のセラピー②」

 

和尚は、彼女が自分の気持ちに向き合っている姿を見ながら、彼女の表情を見ていた。

 

彼女は、初めはよくわからないような表情をして首を何度も傾けたりしていたけれども、だんだんと彼女の目に力が入ってくるのが和尚にはわかった。

 

彼女は、しばらくして言った。


「よくわからないです。」と。

 

 

和尚は、彼女が眉間にしわを寄せ、顔をしかめ面をしながら忘れていた感情を思い出して、自分の気持ちに向き合っているのがわかっていたので、優しく微笑みながら彼女に言った。

「いっぱい気持ちが出て来て、なにがなんだかうまく言えないって感じかな。」そう言いながら、和尚は続けて言った。

「一つお願いをしてもいいかな。もう一度最初に言ってくれた『私、もう生きている意味がわからない。』って、言ってもらっていいかな?」と、和尚はそう彼女に言った。

彼女は和尚にそう言われて、その言葉を心で感じたものの言葉に詰まった。言えなかった。その代わりに、彼女の目は見る見る真っ赤になり出していた。

「言えないよね。この言葉が自分をどれだけ苦しめて来たのかがわかるから、あまりにも辛すぎてその辛い気持ちを感じないようにしてきたから、言えないよね。」

 

と和尚が言うと、彼女の目から涙が溢れ出して、頬を伝って行ったのだった。

和尚は優しく彼女に言った。

「もう、今日で苦しむのは止めようか。だって、あなたは幸せになるために生まれて来たのだから。」

 

彼女はその言葉を聞くと、噛み殺していた声を解放するかのように涙を流した。

和尚は、彼女の気持ちが落ち着くまで彼女を見守っていた。そして、彼女が落ち着いた頃を見計らって言った。

「もう苦しむのは、今日で止めにしよっか。」と言って、和尚は彼女からの言葉を待った。

 

彼女はティッシュで涙を拭くと、首を縦に振って「はい。もう止めて楽になりたいです。」と言った。

 

「じゃ今日で止めて、幸せになるよ!そのために、これから核心の部分を見て行きたいので、あなたのことをもう少し詳しく聞かせてくれるかな。」と言って、

 

和尚は彼女が今日まで過ごして来た、父親を癌で亡くしたことも含めて話を聞いたのだった。

そして、その話の途中に彼女は、『私、もう生きている意味がわからない。』と思った核心の言葉を言ったのだった。

 

 

つづく

 

 

 

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