第7話「心のセラピー③」

 

 

彼女は、なぜ自分が『私、もう生きている意味がわからない。』と思うようになったのか、そのきっかけとなった出来事を知っていた。

 

それは、彼女にとってまぎれもない自分がしてきた事実だったから、否定することもできない事実として自分が一生背負い続けるしかないことだと思っていた。

 

その出来事とは、お父さんが危篤状態になって、お母さんが彼女に電話してきた時に言った次のような言葉だった。

 

「あんたがずっとお父さんに心配かけるから、ちゃんとした仕事にもつかず水商売なんかしてるから、だからあんたのせいでお父さんが癌になって死んでしまうんや。」と。

 

さらに彼女の口から「私のせいでお父さんが癌になって死んでしまった。私がすべて悪いんです。すべて私のせいです。」と、彼女は唇を噛んでその言葉を言ったのだった。

 

和尚はその言葉を聞くや否や言った。
「それは違う!!それは真実じゃない!!それは真実じゃない。」

 

彼女は和尚のその言葉を聞いて、うつむいていた顔を上げて和尚を見つめたのだった。

 

 

 第7話「心のセラピー④」

 

 和尚は続けて言った。

 

「それは真実ではない。誤解からあなたがそう思わないといけなかっただけだよ。その誤解とはね、お母さんが言ったことは真実ではないことがわかりますか。

 

お母さんは、お父さんの側にずっといて、そのお父さんが死んでしまう事が辛すぎて、その気持ちをどこにもぶつけられずに毎日毎日過ごして来たことがわかりますか。

 

お父さんの側にずっといたお母さんの気持ちが、今のあなたには痛いほどわかるのではないですか。お母さんの辛さがわかるのではないですか。

 

なぜ、お母さんがあなたに、あの言葉を言ったのかわかりますか。

お母さんは無意識で、あなたにならわかってもらえると思っていたからですよ。あなたにならお母さんの気持ちを受け止めてくれると思ったからですよ。信じますか。

 

お母さんはお姉ちゃんに同じことを言えたと思いますか。もし、お姉ちゃんに言ったなら、お姉ちゃんがつぶれてしまうことをあなたにはわかりますよね。」彼女は、黙って頷いた。

 

 

「そして、お母さんがあなたとよく似ていることをあなたは知っていますよね。お母さんとお姉ちゃんはほとんどケンカをしなかったのではないですか。でも、あなたはいつもお母さんとぶつかり、ケンカをしていたのではないですか。

 

それは、お母さんにとってあなたはどこか自分事のように似ているから、余計に心配になってあなたに小言が多くなっていたのではないですか。

 
そのことであなたは反発をして、羽目をはずしたりしたかもしれませんが、お母さんの奥底には自分と同じ目に合ってほしくないという気持ちがあったのがわかりますか。

 

それだけ、あなたとお母さんは似ているのです。だからこそ、あなたに言えたのです。あなたにしか言えなかったのです。

 

お母さんは、あなたにそんなことを言ったことを覚えてないかもしれません。いや、覚えていないでしょう。あの時のお母さんの混乱ぶりは、今のあなたには理解できるのではないですか。

 

そして、あのことで、お母さんがつぶれずに、あなたに救われたことがわかりますか。

 
なぜなら、あなたはそんなお母さんを家族を救うために、この家族を選んで生まれて来たのですから。」

 

 

 第7話「心のセラピー⑤」

 

 「そして、なぜお父さんがあなたにだけ、自分が癌でありもう長くないと言ったかわかりますか。あの状況で、お父さんがお母さんやお姉ちゃんに言ったら、二人とも大混乱して辛さで感情のバランスを崩してしまうのがわかりますよね。

 

お父さんは無意識で知っていたのです。

 

これは、魂レベルでの話と思ってもらいたいのですが、お父さんはあなたがこの家族のキーパーソンであり、家族の要であり、その真の強さがあることを。

 

だからこそ、お父さんはあなたにだけはあの状況で伝えておきたかったのです。お母さんやお姉ちゃんにお父さんのことでなにかあった時に、それが、お母さんやお姉ちゃんの苦しみを救うことになると信じて。

 

 

今、あなたには理解してやってほしいことがあります。

 

それは、あなた自身苦しい思いをしてきたのは事実だけれども、すべては誤解であったことを理解してくれますか。

 

そして、その苦しみと言う自分の痛みをも超えて、もう自分を責めずに自分自身をゆるしてあげてくれますか。

 

そして、これからあなた自身を生きるために、あなた自身が幸せになるために、そのことを選択してくれますか。

 

なぜなら、あなたは幸せになるためにこの世に生まれて来たのですから。」

 

 

そう言って、和尚は一呼吸おいた。そして、さらに続けた。

 

「今、もしお父さんが天国からあなたを見ていたら、どんな言葉を言うと思いますか。

 

きっとこう言うと思いますよ。

 
『尚美、お父さんが死んだのはおまえのせいでもないし、おまえはちっとも悪くない。それより、お父さんのせいで、おまえにこんな辛い思いをさせてごめんな。いいお父さんでなくてごめんな。

 

でも、これだけは信じてほしい。おまえは、おまえはお父さんの愛する大切な娘であることは変わらないから。幸せになるんだよ。』と。」

 

彼女は声を上げて号泣した。今までの溜め込んできた膿をすべて出すかのように泣いたのだった。

 

 

しばらくして、泣き終えた彼女の顔は、本当にすっきりした顔になっていた。照れ臭そうに笑う笑顔は、本当にキラキラとしていた。

 

気がつくと、今まで横で一緒に聞いていた和尚の妻が、彼女を優しく抱きしめていた。その優しさに触れてか、また彼女は声を上げて大泣きしたのだった。

 

和尚は、彼女の後ろから妻とサンドイッチするようにハグをした。そして和尚は、彼女がお父さんからもお母さんからも愛されている温もりを感じて、これから彼女自身が幸せになることを祈ったのだった。

 

 

エピローグにつづく。

 

 

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