『§まっすぐに生きるのが一番』
「第27話:人間関係からの安心よりも自分の強さの果てに(追記)」

 
「§ありのままの自分」

 
二人は哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、お互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった。

 

数日後、先輩から珍しくお昼を誘われ、哲也はもう二人のことが伝わったのだと思った。

 

「よお、哲。最近やけに元気そうだな。それもそのはずだよな。で、俺に何か報告することはないのかな」

優花は先輩の彼女の美雪さんの後輩。隠し事をするつもりはなかったので、哲也はありのままを伝えた。

 

「へーあんな美人な女性がお前をね。この前一緒に食事した時、彼女と連絡を交換しろよと言ったら断ったのにな。あんな美人な女性だったら、男なら誰だってOKしてしまうか」
「そんなんじゃありません」
「うそつけ。それ以上に何があるって言うんだよ」
「それは・・・やっと探していた人に巡り逢えたというか・・・」
「ビビっと来たってやつか。まあ、はじめはみんなそう言うんだけどな」
「本当にそうなんです。嘘じゃありません」
「哲は長いこと彼女がいなかったし、長くつき合ったこともないんだろう。付き合っていったらそのうち俺が言ってることがわかってくるよ」

 

哲也は優花との関係を、そんなものではないと思われたくない一心で、二人が付き合うまでの自分史や最高の殺し文句のくだりも含めてすべてを先輩に話した。

 

「なるほどね。ドラマみたいな話だな。哲らしいと言っちゃ哲らしいけど、根は素直だからな。普通は自分の強がってる部分を簡単に捨てられないからな。だから、その強がってる部分を相手にわかってほしいと思いながら、また強がってしまうからお互い誤解が生まれてケンカになるんだけどな」
「わかってるんなら、そうしなけりゃいいじゃないですか」
「バカ、それができないからみんな困ってるんだよ」

 

哲也はわかるような気がした。自分も今までの経験で大切なものを失った代わりに得た「強さ」を、いざ失うと思うと自分を守ろうとする自分がいた。失ってまでも、人間関係からのやすらぎや安心をほしいと思えなかった。たとえそこに真実の愛があったとしても。

 

「でも、哲。望月ちゃんがお前に言った『強さ』の意味がわかる気がする。何ていうのかな、もっと自分のありのままの姿を出せたら、俺も『強く』なれるって言うか。とは言ってもだな、哲。長く関係をもっていくと、マンネリ化してしまうっていうか。そこが本当に難しいところなんだな、これが。でも、今の気持ちは大事にしたほうがいい。哲、望月ちゃんを大事にしろよ」

 

先輩とのお昼休みはあっという間に終わった。いつもひょうきんで明るい先輩とは違う真剣な一面を見て、先輩は自分よりも「強さ」も「弱さ」も持ち得た人だと哲也は思った。

 

 
優花とはほぼ二日おきのペースで、哲也の電話は鳴るようになった。あの日の帰りに、優花は自分から電話をすると言った。

 

「哲也さんからの電話がかかってこないかなって、いつも思ってしまうから。私から電話をします。でも哲也さん、電話してきてほしいと言っても、きっと、してこないでしょ?」

 

毎晩自分から電話をするような性格でないことは自分でもわかっていたので、お見通しと言わんばかりの彼女のいたずらっぽく微笑んだ顔を見ると、返す言葉はなかった。

 

彼女からの電話は続けてかかって来る日もあった。そんな時は単に「声が聞きたかっただけ」と、2、3分で切れてしまうこともあった。自分から電話をすると言った優花を疑う気持ちも抱いたことはあったが、彼女の言うとおり、今夜は電話がなかったと思いながら布団に入る夜の辛さを、哲也は身を持って理解した。

 

 

デートはこの1ヶ月毎週のように二人で会った。

 

この1ヶ月のデートで、次第に一見、地味で控えめな性格をしているように見える優花は、実は派手好きで我儘な性格を心の内に隠し持っていることに気づいた。それは、ウインドーショッピングで足を止めた時の服や、デートの予定はすべて彼女が決めていることなどからしても、哲也はそう見抜いていたのだった。

 

この気づきは、この後少しずつお互いの価値観の違いから、ボタンの掛け違いが起こって来る。修正できる間は、お互いの愛を確かめられるのだろうが、次第にそのボタンの掛け違いには我慢を通り越し、いつからなのか無関心になっていく。

 

哲也と優花の関係はまだ始まったばかりで、理想に満ちたきれいごとばかりの日々は、徐々に色あせていく。

 

けれども、自分の弱さ、言い換えれば自分の中の秘密を、隠すことなく分かち合うことができるのなら、二人は童心のような素直な心の自由を選ぶことができるだろう。

 

ある人は言った。「二人はけんかとかするの?」と。
彼女は「この前もケンカをした」と言った。
彼は「ケンカはしていない。これからもケンカすることはない」と言った。

 

キョトンとする彼女に、「あれはコミュニケーションであり、ディスカッション。二人がよりよくなるための、お互いの誤解を解くための話し合い。あの時、僕はまた二人の気持ちが深く理解し合えたと思った。その確信があるから、僕はいつもでも君を受入れられる」と。

 

ボタンの掛け違い。それに気づいたなら、すぐに修正すればいいだけ。気づいているのに後回しにすることが、違う感情を生み、本来修正する問題点が見えなくなってしまい、感情と感情のぶつかり合いへと発展してしまう。

 

私たちはこの気づいているのに、後回しにすることを多くする。それが人であればあるほど、私たちは心優しいから遠慮してしまうのだ。外面的には善い行為に見えても、それが本心や良心からではなく、虚栄心や利己心などから行われているとわかっていながら・・・これを偽善者と言う。

 

この偽善が、自分の中の秘密をつくる。この偽善を心の内に溜め込むよりも、素直に言って間違ったことを言って恥を掻いた方が、心は解放される。なぜなら、そこに学びや気づきがあるから。それが、パートナーとよりよい関係を築き、共に成長できる糧となり、その先に実りある豊かさや幸福を味わえることになるのだ。

 

それが、まっすぐに生きる自分であり、
ありのままの自分であり、
自分自身に責任を持つ生き方なのだ。

 

そうなるとき、人は人生の主人公となれるのだ。

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

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