『§まっすぐに生きるのが一番』
「第29話:あるがままの自分と我儘な自分(前半)」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった。

 

 

 前回、優花は哲也と出会うきっかけを作ってくれた先輩から食事に誘われ、仕事で完璧主義になっている自分へのアドバイスをしてくれた。そして、完璧主義はプライベートにも関連し、自分が哲也に対して自分勝手で我儘な女になっていると思ったのだった。

 

 

今回、優花はそんな思いを持ちながら、哲也とデートをしたのだった。

 

 

 

哲也が待ち合わせ場所に一足先に着いていると、向こうから優花がやって来るのが見えた。

 

 

哲也は優花のかわいい姿を認めると、改めて『自分はこんなかわいい女性と付き合っているんだ』と、にやけてしまう自分を隠すように胸の中に押し込んだ。

 

 

「お待たせ」
「大丈夫、さっき来たところだから」

 

 

と言いつつ、哲也は優花が浮かない顔をしているのを見て『仕事で疲れているのかな?それとも何かあったのだろうか?』と、何か落ち着かない気持ちになって、

 

 

「なんか元気ないみたいだけど、なにかあった?仕事でお疲れ気味?」
「ううん大丈夫、元気。そんなふうに見えた?」
「う~ん、まあ、元気ならいいんだけど」
「ごめんね、心配かけちゃって」

 

 

優花は先輩との話の中で、自分が哲也に対して自分勝手で我儘な自分であったことに気づき、これからずっと仲良くしていくためにも改めようと思った。

 

 

そう思ったのだが、考えていくうちに我儘な自分と、自分らしいあるがままの自分とがわからなくなってきて、自分のことがよくわからなくなっていたのだった。

 

 

 

今日のデートは、優花が観たい映画があると言って前売り券まで買った映画だった。にもかかわらず、優花はその映画を楽しんでいないようだった。

 

 

いつも二人は映画を観終わると、観た映画の感想を述べ合うためにカフェに入り、今日も同じデートコースだった。

 

 

向き合ったテーブルに、二人が注文した飲み物が運ばれて来ると、哲也は思い切って優花に話しかけた。

 

 

「今日いつもと違う感じだけど、ひょっとして体調とか悪い?無理せず家で休んだ方がいいんじゃない?」
「ううん、大丈夫。ごめんね、へんな気を遣わせちゃって」
「なにか会社であった?」
「ううん、大丈夫。特にそんなんじゃないから」

 

 

哲也は優花が『特にそんなんじゃないから』と言った言葉に、少し動揺した。ひょっとして二人の交際を両親が大反対していて、『もう二人つき合えないかも』と別れ話を切り出されるのではと、哲也は優花が何を考えているかわからず、不安が増していくばかりだった。

 

 

「なにかあるんだったら、僕でよかったら話してよ」
「うん、ありがとう・・・」
「・・・ひょっとして、両親が二人の交際を認めないって言ってるとか」

 

 

哲也は不安に耐え切れず、思わず口走った。

 

 

「ううん、そんなんじゃないから。お父さんには言ってないけど、お母さんに話したら、是非今度家に連れてらっしゃいと言っていたから大丈夫。お母さんに言った時点で、お父さんにも伝わってると思うけど、お父さんも賛成してくれると思うから大丈夫」と言って、優花は今日はじめて微笑んだ。

 

 

哲也はそれを聞いて内心ホッとしたのだったが、『じゃなに?』とさらなる不安を感じ、優花に嫌われるようなことを何かしたのかと、必死になって想い返していた。

 

 

そのとき優花が口を開いた。

 

 

「ねえ、哲也さん。私、哲也さんのことなんて呼んだらいい?“哲也さん”って、つき合ってるのにそんな呼び方だとよそよそしい感じがするから」

 

 

哲也は『えっ!ひょっとしてそんなことで思い悩んでた?』と思うと、肩から力が抜ける思いがした。

 

 

「なんでもいいよ。そう言えば、僕も“望月さん”って言ってたっけ。と言うより、今まで名前で呼び合うことってほとんどなかったよね」
「そだったね。哲也さんは、私をなんて呼びたい?」
「えっ、えっ、そうだな~」

 

 

哲也はいつも心の中では“優花”と呼び捨てにしていたので、そう呼びたいと思っていたが、いざ本人を目の前にすると照れた。

 

 

「そうだな~。僕は“優花”って、名前で呼びたいかな」
「うん、いいよ」
「ほんとう?じゃそう呼ぶようにする。じゃ、僕は?」
「う~ん、そうね・・・、哲さん、哲くん、お哲・・・なんかこれだとお尻みたい。私も“哲也”って呼ぼうかな」
「うん、僕は全然構わない。“哲也”って呼んだもらった方が嬉しいかも」

 

 

哲也は心の中で、“優花”“哲也”と何度も呼び合っていることを想像してにやけた。優花も少し顔を赤らめて照れ笑いになっていた。

 

 

「哲也さん、あっ、“哲也”。正直に言ってほしいんだけど、私って自分勝手で我儘な女だよね」

 

 

哲也は優花からの急な展開の話にびっくりした。

 

 

「えっ、そんなふうには思わないけど、急にどうしたの?」
「哲也は優しいからそんなふうに言ってくれるけど、ほんとうのこと言って。私これからもずっと哲也と仲良くしていきたいから、自分が気づいていないところとか、悪いところがあったら直したいから」

 

 

確かに哲也は何度も優花とデートを重ねていくうちに、一見、地味で控えめな性格をしているように見えるけど、実は派手好きで我儘な性格を心の内に隠し持っていることに気づいていた。

 

 

それは、彼女がウインドーショッピングで足を止めた時の服や、デートの予定はすべて彼女が決めて、電話も一方的に彼女から掛けることなどからしても、哲也はそう見抜いていた。だからと言って、

 

 

「あんまり気にならないけど。自分も自分勝手で我儘なところあるから、お互い気づいた時に直していけばいいんじゃないかなって、思うけど」
「うそ、今“あんまり気にならない”って言ったから、思ってたんだよね」

 

 

哲也は思わずぎくりとした。

 

 

「デートの予定もいつも私が好きに決めてたし、電話も私の都合で一方的に掛けてるし。我儘な女と思ってたと思う。哲也は優しいから、いつも私に合わせてくれていたんだよね。こんな話をする私って、面倒臭い女だよね。私、哲也が好きだから。ずっと仲良くして行きたいから。私ははっきり言わないとわからない子だから。だから言ってほしい・・・。

 

私、自分の気づいた我儘なところを直そうと思ったんだけど、そうしたら・・・、我儘な自分と自分らしいあるがままの自分がなんなのかわからなくなってきて・・・。それで最近ずっと考えてて・・・」

 

 

優花はそう話すと、テーブルに視線を落した。

 

 

哲也は優花がテーブルに視線を落すのを見ながら、優花の言うとおり面倒くさい女で、なにか重たく感じたかどうかは、次回につづく。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

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