『自分らしく生きるとは』

【観念のメカニズム】

 

まず「観念」ということなのですが、「観念とは、私たちの感情や思考、言動ふるまいの根本を成すもの」なのです。つまり、この「観念」が、私たちの現実を創り出しているのです。

 

私たちは、信じこんでいることや信じるように教え込まれた「観念」から「感情」が出てきます。そのときには、ただ楽しい・嫌な「感情」を感じているだけで、そこには何の意味もありません。

 

私たちは、その楽しい・嫌な「感情」を「思考(言語)」に落とし込むことによって、現実を創り出しているのです。この「観念」「感情」「思考」は、三つを瞬間的に行うという性質を持っています。そして、「思考」から「言動やふるまい」をするのです。

 

これが「観念のメカニズム」です。

 

この「観念」は私たちの現実を創り出している根本でもありますから、生まれて生きてきた分だけ、いいポジティブな「観念」も恐れからくるネガティブな「観念」も、私たちはたくさん持って生きています。

(※「観念」と「信念」は非常にわけにくいので、ここでは、ポジティブな「観念」、ネガティブな「観念」と、以下呼ぶことにします。)

 

簡単に例をあげますと、

「男とは、女とはこうあるべきだ」

「こんな私は幸せにはなれない」

「結婚していない親に心配かけている私はだめな子だ」

「幸せは苦労のうえに成り立っている」

「〇〇をすると不幸になる」

「人のために喜ぶことをしてあげる」などです。

 

では、もう少し具体的に「観念のメカニズム」(観念・感情・思考、言動やふるまい)はどういうことなのかを、例をあげてお話ししたいと思います。

 

例えば上記の「幸せは苦労のうえに成り立っている」というようなネガティブな「観念」を持っているとします。

 

私たちは、両親や誰かから「幸せは苦労のうえに成り立っている」と否定的に聞かされると、そこに「苦労」という嫌な感情を感じます。そして、頭の中で「幸せは苦労しないと手に入らないんだ」と、「思考」を使って思い込ん(落とし込む)でしまいます。

 

そうすると、私たちは、次のような「言動やふるまい」をするようになるのです。

 

「〇〇さんは、本当に苦をもろともせずに頑張るよね」

「歯を食い縛るぐらいやらないと、いつまでたっても幸せになれないぞ」

「もっと簡単な方法があるのに、なんで〇〇さんはあんな苦行の道を選ぶのかな」など。

 

これが、「観念」「感情」「思考」、そして「言動やふるまい」の『観念のメカニズム』です。

 

さて、『観念のメカニズム』が理解できたところで、さらに「幸せは苦労のうえに成り立っている」という例を使って、次回「観念が現実を創るトリック(罠)」について説明していきたいと思います。

 

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