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「動物園 後編」

 

私は、GWも働いている彼女を少しでも楽しませてあげようと、次のような落語の小噺をメールで送ったのだった。

 

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今日はGWの後半、北海道札幌では21年振りに雪が降った。旭川の動物園ではシロクマが喜び、サルはストーブの前でぶるぶると震えていた。

 

この日、珍しい時間にゆかからメールがあった。

俺は、なにかと思い読んでみると、 「まさ、5月5日の子供の日空いてない!頼まれてほしいんだけど、一日動物園でアルバイト無理かな?!急らしくて日給1万円で、実労5時間ぐらい。よかったら連絡しておくので、詳細は直接明日動物園事務所に行ってみて!お願い♪」と。

俺は、暇と言えば暇でゆかからのたってのお願いとあってはと、OKしたのだった。

 

翌日、俺は言われた場所に行くと、そこはどうやら移動式動物園だった。

早速俺は、動物園事務所らしきところに行くと、ゆかからの連絡は行っていたみたいで、すぐに裏手の小屋に案内された。

話を聞いていると、この書き入れ時のGWにトラがダウンしてしまい、急遽本物そっくりのトラの着ぐるみを来て、来場者特に子供の日である子供たちのために頑張ってほしいと言うものだった。

 

俺は、「え~!」と渋る顔をしたが、あまりにも切実に懇願されたので、しぶしぶ本物そっくりのトラの着ぐるみを着るはめになった。

飼育員の男性から、「基本横たわっているだけで、たまにゆっくり動いてくれるだけでいいから。」と言われ、俺はそれならとちょっと安堵し、さっそくトラの檻に入って言われた通り横たわったのだった。

 

開園時間になると、さっそく子供を連れた家族連れが檻の前に人だかりとなって、俺を見ていた。

俺は、一斉にみられる変な感覚に戸惑った。しかも、俺は着ぐるみの中で足がもぞもぞするので、ちょっと動かすだけで「ワー。」と、子供たちの歓声が広がった。

俺は、もぞもぞしただけでまるでヒーロー扱いされることになんだか照れ臭くなって、自分が本物そっくりのトラの着ぐるみを着ているのを忘れそうになった。

 

とは言うものの、着ぐるみを着たままじっとしていることはなかなか難しく、しかも着ぐるみの中は暑く次第に蒸れ出して来た。

俺は蒸れ出したせいか、どうしてもお尻のあたりがむず痒くなってしまい、我慢しきれず前足でお尻を掻くと、観客から大歓声が起き、写メで一斉にその瞬間を取られた。

俺はその瞬間自分が着ぐるみを着ているのを忘れて、自分の下着姿を取られているような気持ちになり、超恥ずかしくなってついつい前足で頭を掻くと、一斉に「キャ~かわいい。」と、子供たちの喜ぶ歓声がした。

こうして着ぐるみを着た俺の時間は、そんなことをしながら過ぎて行った。

 

しばらくすると、急に音楽が鳴りだし、檻の前には押さんばかりの人だかりで溢れ返っていた。俺はこれから何が起こるのかと思っていると、ドラの音と伴に、今まで壁だったと思っていたところが急に取り払われ、そこには見慣れた動物がいたのだった。

俺は、その動物を見て一瞬自分の目を疑った。そこには、百獣の王であるライオンが君臨していたのだった。

 

俺は怖さで背筋に緊張が走った。 「こんなの聞いてないよ!勘弁してくれよ!!トラとライオンなんか敵対関係やん!!絶対にこんなの無理無理無理!!鋭いキバで無茶苦茶に食いちぎられる!!」と、着ぐるみの中で俺は半べそを掻いていた。

そうとは知らず檻の外の観客は、ライオンとトラの対戦を見られるとあってか、大歓声の大盛り上がりとなって熱気に包まれていた。

しかし、俺は、それどころじゃないこの状況に「ゆかー!!」と叫びたくなった。

さすがに人間の言葉を叫ぶのはご法度だと思い、俺は泣く泣くこの恐怖の気持ちを内に閉まって自重するしかなかった。

 

俺は、恐る恐るチラっとライオンを見た。すると、 「おいおい、ライオン、微動だにせずじっとこっち見て威嚇してるやん!目が合ったら飛びかかって来そうや!!こういう時って、目そらした方がいいんかな。それともこちらも威嚇するようにガン飛ばした方がいいんかな。」

そんなことを思っていると、 「うそ!!ライオン立ち上がったやん!!こっちに歩いて来るやん!やばいやばいやばいやん!目見たらあかん!!目あったら威嚇したと思われて絶対飛びかかってくるわ!!

ああ~ライオンに完全にビビってるって丸わかりやろな!俺、もうええ餌食やん!!うわ~めっちゃ威圧感あるやん!!うわ、うわ、うわ!!」と思っていると、ライオンはトラのすぐそばまでやって来ていた。

観客のボルテージも最高潮に盛り上がり、子供たちのはしゃぐ声は、さらに俺の恐怖を煽った。

 

「ああ~もうあかん!!一気に首を噛みちぎられたら一貫の終わりや!!立ち向かおうと思っても体が緊張で、金縛り状態で動かへん!!」

ライオンは、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ゆっくりとトラの顔である俺の顔に近づいて来た。

そしてライオンは、顔をトラの耳元に近づけると囁いた。

「心配せんでいいで。私も1万円でアルバイト頼まれたから!」と、ライオンであるゆかが俺に言ったのだった。

 

お後がよろしいようで♪

おしまい。

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彼女からの返信には「動物園 すごい物語やな~(笑)おもしろい発想~パチパチパチ♪」と私が創作した物語だと、いまだにそう思ってるかもしれません。

 

次回7月2日につづく。

 

 

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