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「彼女がやりたいこと」

 

和尚は私の携帯メールの動物園の話を見終えると、

「ハハハ、なかなかおもしろい。家内が思い出し笑いするのも頷けるな。」と言って笑った。

 

「ところで、和尚奥さんは?」

「あ~出かけてる。」

「あっそう。」

「まさ、今日一緒に晩飯でもでどうだ。有り合わせだけど。」

「いいけど、奥さん遅くなるんだ。」

「しばらく帰って来ん。」

 

「旅行にでも?」

「ああ旅行にな。」

「しばらくって、ひょっとして海外旅行?」

「海外旅行。」

「檀家さんたちと?」

「………一人でじゃ。」

 

「一人で?なんでまた。」

「やりたいことが見つかったって、その下見を兼ねての旅行じゃ。」

「やりたいことね…。」

「ま~わしが彼女のやりたいことの琴線に触れたからな…。」

「奥さんのやりたいことの琴線?それはなに?」

「海外の雑貨品の販売じゃ。」

私はその話を聞いて驚いた。今トルコ・スペインに海外旅行中の彼女も、私と話をしているときに彼女のやりたいことの琴線に触れて、『ずっとこれがしたかってん!』と、興奮気味に海外の雑貨品の販売のことを話していたことを思い出した。

 

「和尚、今好きな人がいるんだけど、その彼女も海外の雑貨品の販売をずっとしたくて、俺がその、彼女のやりたいことの琴線に触れたというか、今その下見を兼ねて海外旅行中で…。」

「ハハ、よくできた話で。わしが寂しいと思ってバカにしておるのか。」

「めっそうもない。同じ話でこっちがびっくりしているところだよ。」

「ふん、で、どんなふうに彼女のやりたい琴線に触れたんじゃ。」

私は、彼女との本当に偶然の話の成り行きから、彼女のやりたいことの琴線に触れたことを思い出していた。あれは、今思い出してもぞっとするような、私がどん底に凹んだ4月頃の話だった。

 

******

 

私は、昨年の年末に「これからは自分らしく生きよう」と思い仕事を辞めたのだが、はじめから心理セラピストをした訳ではなかった。

仕事を辞めると、不思議と新しいビジネスの話が入って来た。それは日本に永住権を持っている中国人の知人と会社を立ち上げ、中国関連のコンサルタントビジネスをするというものだった。彼とは、以前からそんな話を何度もしていたことがあった。

その後友人の税理士のサポートもあって、とんとん拍子で3月15日に会社設立となった。

 

私が代表取締役、彼が取締役となって、これから成功するためにはこれからいろいろな試練がくるとは覚悟はしていたものの、しばらくするとそれは思いもよらぬ形でやってきた。

私の一方的な話になるので、詳細は控えさせて頂くが、簡単にいうと利害関係による価値観の相違、中国で働く友人の言葉を借りれば、日本人との道徳的価値観の違いだった。

話し合っても平行線のまま、当然のことながら、仕事はストップした。私はどうするか悩む日々が続いた。行き着く答えは会社の清算だったが、立ち上げたばかりの会社だけに会社を潰さずに何か解決策はなかいと悩んだ。

そんな精神状態だったせいか私はこのとき、情けないことに彼女に次のようなメールをしていた。

 

「…根本的なところで、仕事順調にはいかず経営者の責任という孤独のような感じで。食も落ちるわ。ゆかにめっちゃ会いたくなる衝動にかられたけどな、なんかわがままな気がして、そんな自分が情けなくて許せなくなったわ!!

ただちょこんとゆかのそばに座っとくだけでよかったのに、それだけでよかったのに。かまってもらいたいのに優しくされる自分が情けないと、葛藤する自分がいて…。あ~弱い自分に腹が立つ!!!」と、いつもニコニコ穏やかな私は、はじめてこんなふうに感情を彼女に出した。今思うと、それだけ追い詰められていたのだと思う。

そして、彼女からは次のようなメールが返ってきた。

「そっか、そっかぁ。私は偉そうなことも立派な答えも出せないけど…。しんどい時は自分が落ち着く空間にいたくなるのはみんな思うことやと思うよ。その空間が私のそばやってことが嬉しい。

それはすがってるわけでもなく、頼ってるわけでもなく、悪いわけでもない気がする!!しんどい時は癒される場所を求めるのが動物の本能やっ!

だから、まさは弱いわけぢゃないと思いまぁす。動物としての本能がちゃんとあってよかったやんっ。無感情で無機質な機会人間じゃなくてよかったやん。ちょっと茶化しすぎた?!(笑)」と。

彼女からのウイット(機知)に富んだメールの内容に、私は心を救われた。本当に彼女の言葉には言いつくせない感謝だった。その言葉に私は、少しずつ冷静さを取り戻していったような気がする。

 

それから数日後のある晩、時間的なものもあり今後の決断に迫られていた。私は悩み布団に入った。寝つきの悪い日々が続いていた。会社のことを考えると、会社が残っても事業目的を継続させることは一人では難しく、何をしていいのかわからなくなった。しかも会社だけ残り、これといった収入を得る手段もなくなった。

これから働くといっても…、私はこれからの生活を考えたとき、すべてを失ったかのような恐怖の感覚に襲われると、急に真っ暗闇へと落ちた。

そこは、本当に光のない真っ暗闇だった。意識ははっきりしていたが、その意識以外なにもない世界だった。普通は真っ暗に電気を消しても、自分の呼吸や体を意識できたり生活音がするものだが、まったくの暗闇の無の世界だった。不思議と恐怖は感じなった。ただ穏やかな感じだった。

私は、その状態でもあれこれ考えていたのだろうが、記憶では悩み疲れてか『もうどうでもいいわ。』と思うと、このまま死をも覚悟して真っ暗闇に身を任せた。

 

どれぐらいたったかわからないが、急に暗闇の意識の中で『カウンセリング』という言葉が強く思い浮かび、そして目がパッチリと覚めた。

そして、私は急に会社の定款の事業目的のところに『カウンセリング』と入れたことを思い出し、慌てて定款を見にいった。

見てみると、定款には次のように書いてあった。

 

第2条(目的)

1.海外事業及び国内事業に関する企業・個人向け支援並びに経営コンサルタント業

2.イベント、講演会、セミナー、研修会の企画、運営等の教育・研修事業

3.外国人留学生に対する日本国内での留学先の紹介及び留学手続き代行業

4.海外へのインターンシップ及びビジネス研修旅行の企画・運営業

5.カウンセリング業

6.雑貨品の輸出入及び販売

7.前各号に付帯する一切の業務

私はこの『5.カウンセリング業』を見たとき、なぜか1番はじめにその言葉を持ってこようと思った。

すると、不思議と次々とオセロの石がひっくり返るように、すべてがつながりだした。

 

1.カウンセリング業

2.イベント、講演会、セミナー、研修会の企画、運営等の教育・研修事業

◇1.2.はカウンセリング業と一対でできる。

3.雑貨品の輸出入及び販売

◇雑貨品の購入及び販売を兼ねて、夢であった海外旅行ができる。

4.海外へのビジネス研修旅行の企画・運営業

◇もっと外の世界をみるために、例えば海外での雑貨品の購入のネットワーク等を生かして現地のビジネス体験(雑貨品購入)を兼ねた海外旅行を企画したい。

5.外国人留学生に対する日本国内での留学先の紹介及び留学手続き代行業

◇ひょっとしたら、雑貨品の購入ネットワークの人の子供が日本に留学したい話があったときに、直接日本の大学への紹介及び留学手続き代行業ができるかも。

6.国内事業に関する企業・個人向け支援並びに経営コンサルタント業

◇将来地域共生社会活動のモデルケースを作って、全国各都道府県に普及させたいと思っているので、NPO法人を立ち上げそのノウハウを経営コンサルタント業としてサポートする。

 

私は、これらがつながったとき、本当に目から鱗で興奮状態になった。そして、次から次へといろいろなことが浮かんできて、私はなぜか生きていることを実感した。

私は早速この興奮したこの話を彼女に伝えたくて、次の日彼女と会った。そして、不思議なことに彼女にも奇跡的なことが起こった。

 

私が昨晩の一連の話をしたあと、彼女に「海外での雑貨品の輸出入及び販売」の話をすると彼女が興奮ぎみに言った。

「ずっとこれがしたかってん!」さらに、

「私、絶対売れる自信あるねん。理由はないねんけど売れる自信あるねん。まさの人生計画聞いてたら私もわくわくしてきたわ。」と彼女は目を輝かせた。

その話はまるでこれから二人で輸入雑貨品の販売業を営むかのように盛り上がり、私はこのことを素直に信じてもいいのだろうかと、逆に傍観する自分がいた。

 

彼女とわかれて私が帰っていると、彼女からメールが来た。

「あの後考えててんけどさぁ~、まさが心の片隅でやりたいことを自然と『事業目的』に当てはめてたんぢゃないかな。って…!!だから、やりたいことと事業目的は偶然一致したのではなく必然やったんちゃうかな!!運命に導かれたねっ。」と。

私は、彼女のとてつもないフォローの風のような嬉しい言葉に勇気づけられ、この言葉を言える彼女の存在に大きさに心の底から感謝した。

 

その後、有り難いことに彼の大きな理解があって一切揉めることなく話がついた。彼はとても優秀な人なので、今後も違う形でアドバイスやサポートをもらえる元の友人関係にもどった。今思うと、彼とのプロセスのおかげで、本当に私が“自分自身を生きる”という自分の人生に責任を持てたのかもしれない。私がどうしても譲れない頑固さがあって、私の我がままもあったと思う。今も、本当に彼には感謝している。ありがとう。

 

こうして4月22日手続きを終えて、私は会社を存続させて心理セラピストとして、再スタートを切ることになったのだった。

 

******

 

「と、ま~こんな話かな。」

「ほ~よくできた話だな。今考えたのか。」

「失礼な。で、和尚のほうは?」

「ま~よく似た話だな。」

「へ~よく似た話ね…。」

「それより、もうその彼女とは付き合ってるのか?」

私は、和尚に痛いところを突かれた。そのことは、彼女が出発する6月25日の感情に再び引き戻されたのだった。

 

次回7月4日(木)「明日彼女が帰国する」につづく。

 

 

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