『§まっすぐに生きるのが一番』
「第39話:不思議な寄り添おうとする力」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。

 

 

前回哲也は、優花のおばあちゃんの友人の山里に、優花とその妹と愛犬の小鉄と一緒にやって来ていた。

 

 

女性陣が昼食の準備をする間、哲也は小鉄と一緒に野山を散歩し、満喫した哲也は一度やってみたかった大の字で寝転がり、そこに小鉄が寄り添うように横たわってきた。

 

 

哲也は横腹から伝わる小鉄の温もりを感じていると、自然と小鉄の頭を撫で、その度に目を細めるかわいい姿に、哲也は小鉄を愛らしく思ったのだった。

 

 

 

哲也は小鉄の温もりに、癒される自分がいた。

 

 

それはなにかほっとした感覚から、自分の寂しさを埋めてくれているような感覚。

 

 

哲也は五月晴れの青い空を見ながら、自分は寂しかったのかなと自問しながらも、温もりにふれることが、これほどまでに心が癒され落ち着くのかと思った。

 

 

そんなことを思っていると、哲也は学生時代に小学校1年生の女の子が自分の手を握ってきてくれて、癒されたことを思い出した。

 

 

 

あれは今日と同じようなよく晴れた5月のゴールデンウィークだった。

 

 

哲也はその地域で世話係をしている女性オーナーのワンルームマンションにお世話になっていた。

 

 

哲也が2年生の時に、子供の日にその女性オーナーが館長を務める公民館で催しがあるので、是非大学生のお兄さんとして参加してほしいと言われ、承諾したのだった。

 

 

その時哲也は、同じ学年の女性に恋をしていた。その彼女は1年生の時に仲良くなったグループのメンバーだった。

 

 

そして哲也はゴールデンウィークが来る前に、勇気を出して彼女に告白をしたのだった。

 

 

しかし、彼女からは少し考える時間がほしいと言われ、哲也はゴールデンウィーク中、彼女からの返事を待っている状態だった。

 

 

そんな情況の中で、哲也は子供たちと一緒になって楽しく遊んでいた。

 

 

そのとき、携帯電話が鳴った。哲也はディスプレイを見ると、彼女からだった。

 

 

緊張の面持ちで電話に出ると、ぎこちない雰囲気が電話から伝わって来た。

 

 

哲也は彼女からの言葉を待った。彼女からの告白の返事は、つき合えないというものだった。

 

 

その理由は、グループがあまりにも仲が良すぎて、今のままの関係で卒業まで仲良くしたいと言うものだった。

 

 

哲也は彼女が悩んで考えた結果だと受入れた。そして「これからも今までどおり仲良くしてね」と言う言葉にうなずき、電話を切ったのだった。

 

 

 

哲也は呆然と立ちすくんでいた。楽しんでいる子供たちの笑顔がテレビ画面を見ているような、今の自分を受け止められない現実と自分を断ち切っている。なにもかもが絵空事に感じる現実。

 

 

そのとき自分の手を握る手があった。横を見ると小学校1年生の女の子がいた。遠目で見て話したこともない、子供たちの中で元気に飛び回っている女の子だった。

 

 

その子がいつのまにか自分の側に来て、手を握り、甘えるように自分に寄り添ってきた。

 

 

哲也はその小さな手から人の温もりを感じた。その小さな温もりの手に、心の奥底から癒されていく自分がいた。

 

 

この子は自分の心がわかるのだろうか?

 

 

女の子は遊んでいる友達の方を向いて楽しげに笑っていた。

 

 

その自然な振る舞いに、目に見えない不思議な力を感じずにはいられなかった。

 

 

まるで自分の心がわかるようなその小さな手に、哲也は心を救われた気がした。

 

 

そのさりげない温かさに哲也の目は潤んだ。哲也は愛情を込めて、ギュッと小さな手を握りしめたのだった。

 

 

 

哲也は再び小鉄の温もりを感じながら、優花と出会う前は「人間関係からの安らぎよりも自分の強さ」をいつも優先しようとしていた。

 

 

自分は寂しかったのかな、ずっと自分の孤独というものを感じないように隠して来たのかな。

 

 

それにしてもこの小鉄もあの女の子も、まるで自分のその寂しさがわかるかのように、最高のタイミングでそっと寄り添ってきたように思う。

 

 

哲也は五月晴れの青い空を見ながら思った。

 

 

 

人は誰でもそんな気持ちを察する能力があるのかもしれない。

 

 

でも、大人になるにつれて、照れ隠しなのか、無下にされるのが怖いのか、寂しいと言う言葉が相手の負担になると思うのか、そんな弱い自分をさらけだしたくないのか、みんな強がって生きている?

 

 

それでいて、そんな自分を感じ取ってほしいと心で叫びながら、わかってもらえないことに人は腹を立て、我慢をし、そして人と人の関係をぎくしゃくさせていくのかもしれない。

 

 

 

哲也は『あっ!』と思った。

 

 

おばあちゃん。ひょっとして自分の優花へのそんな心を知ってか、今日誘ってくれたのかもしれない。

 

 

そうだ。わざと好き嫌いを聞いて来て、「優花から聞いています」とにっこり笑ったあの一瞬意味ありげに思った言葉。

 

 

まだ融け込めていない気持ちを知って、あの言葉で、家族の一員のように受け入れられたような気持ちになった自分がいたかもしれない。

 

 

おばあちゃん、いったい何者なのだろうか。いろんな不思議を引き起こすおばあちゃん。哲也はおばあちゃんのことをもっと知ってみたいと思ったのだった。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

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