『§まっすぐに生きるのが一番』
「第40話:誰かに本気で寄り添ってほしいと思うこと」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。

 

 

前回、哲也は愛犬の小鉄と散歩をしながら、小鉄の寄り添う温もりや学生時代の女の子のさりげない『不思議な寄り添おうとする力』に、改めて人の温もりを噛みしめていたのだった。

 

 

 

哲也は小鉄との散歩を終えると、優花やおばあちゃん、妹がいる母屋に戻って来た。小鉄に水を飲ませると、自分ものどが渇いていることに気づきどうしようかと思っていると、おばあちゃんがグラスに麦茶を持って来てくれていた。

 

 

哲也はまたしても、今回ここに誘ってくれたことや、意味ありげなひと言と言い、まるで自分の心がわかっているかのような振る舞いに、度肝を抜かれる思いだった。

 

 

「さあさあ哲也さん、小鉄とのお散歩ご苦労様でした。ここの麦茶は井戸水で作っているから、どうぞ召し上がってください」

 

 

哲也はその麦茶を一気に飲みほすと、優花が声をかけて来た。

 

 

「おかえり」

 

 

「てっちゃんおかえり~」

 

 

「慣れ慣れしいわね、ほとんど話もしていないのに」

 

 

「いいじゃん。じゃなんて呼べばいいの?“哲也”はおかしいでしょう」

 

 

「あたりまえでしょう!」

 

 

「じゃお兄さんは?私お兄さんほしかったんだ」

 

 

「お兄さんはおかしいでしょう!」

 

 

「お姉ちゃん結婚するんでしょう。だったら私のお兄さんになるわけだから、お兄さんでいいじゃん。キャラ的にお兄さんって言うようより“お兄ちゃん”かな」

 

 

「なに勝手なこと言ってるのよ。ねえ哲也、妹に何とか言って」

 

 

「えっ」

 

 

哲也は“結婚”と言う言葉にドギマギしていて、どう返事をしたらいいのかわかなかった。

 

 

「なんでもいいよ」

 

 

「じゃ”お兄ちゃん“ね」

 

 

「“お兄ちゃん”はおかしでしょう。まだそうなったわけじゃないんだから」

 

 

「じゃ今結婚するって決めたら。そしたら“お兄ちゃん”でいいじゃん」

 

 

哲也は妹の“結婚”と言う言葉に緊張が走り、背筋が伸びる思いがした。

 

 

「そんなことこれからどうなるかわからないでしょ」

 

 

哲也は優花のその言葉を聞き、今度は不安な気持ちに駆られた。

 

 

「そこでボーっと立ってないで、ここでお姉ちゃんにプロポーズしたら」

 

 

「なに言ってるの、失礼でしょ。そんなこと言ったら哲也が困ってるでしょ」

 

 

「そんなこと言って、一番困ってるのお姉ちゃんじゃないの?お姉ちゃん困ったこととかあったら、すぐドナルドみたいに口の先尖らせるし」

 

 

「ほらほらその辺りで話しをやめて、せっかくのお料理が冷めてしまいますよ。まだ今日あったばかりだし、哲也さんでいいんじゃないかな」

 

 

「やだ」

 

 

「“お兄ちゃん”はちょっと変な感じがするから、てっちゃんでいいよ」

 

 

「じゃ“てっちゃん”ね。お墨付きをいただきました~」

 

 

「もーほんとになんて子なの。哲也ごめんね。世間知らずで」

 

 

「てっちゃん、私けっこう料理がんばったんだよ。そこに座って。私がご飯よそってあげるから。じゃーんたけのこご飯。熱いからフーフーして食べてね。お姉ちゃん、おばあちゃんたちのご飯よそってあげて」

 

 

哲也は優花が妹を見る目が怒っていると思った。哲也はこんな戦況がはじまりそうな状況になったことがなく、どう振る舞えばいいのかわからなかった。

 

 

哲也はふと頭を過った。このまま妹の勢いを受けたら、きっと後で優花に『なに妹にデレデレしてたのよ!』と怒られる気がした。

 

 

哲也はこの状況は悪い気はしないが、後がややこしくなりそうと思った。

 

 

ただ自分はどう振る舞えばいいのか、自分ができることは、なされるがままこの状況を受入れるしか思い浮かばなかった。

 

 

「あらあら、なにかお姉ちゃんより妹さんの方が彼女みたいね。いいわね~若い人が来ると私も気持ちが若返る気がするわね」と、

 

 

ここの母屋のおばさんがこの状況に火に油を注ぐように会話に入って来た。

 

 

哲也は妹の出方が気になりドキドキした。

 

 

「でしょう。私のほうがお姉ちゃんよりお似合いでしょう」

 

 

哲也は優花の顔を見た。そしてふと思った。

 

 

『このような情況は、最後は自分が悪者になって終わる』と。哲也は自分に火の粉が降って来るのを覚悟した。

 

 

「ハイハイ。そうね、あなたのほうがお似合いね」

 

 

哲也は優花の冷静な返答にドキドキした。

 

 

「なによ、つまんないの」

 

 

哲也は思った。『えっ!“つまんないの?”どう言うこと?』

 

 

すると妹は興味がなくなったのか哲也から離れ、小鉄のほうへ歩いて行ったのだった。

 

 

 

哲也は妹が小鉄の頭を撫でているのを見ていた。小鉄は目を細めて嬉しそうな顔をしていた。

 

 

哲也はその妹の姿を見ていると、なんだかさみしい気持ちになった。

 

 

そして思ったのだった。『この子、寂しいんだ』。

 

 

そう思うと何だか自分を見ているようだった。

 

 

そして、哲也は思った。

 

 

『この子も、心の底から誰かに本気で寄り添ってほしいんだな』と。

 

 

つづく。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 

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