Ⅴ.心のセラピー①

 

 光曉和尚は、彼女から足が完治してからのこの10年間の話を聞いていた。

 

彼女は一通り今まで生きて来た過去を話し終え、来た時よりも幾分か楽になったようだった。けれども、話を終えても彼女の気持ちは晴れることはなかった。

 

「ずっとあれから今まで、誰にも話をすることもできずに、苦しい思いを背負って生きて来たんだね。さぞかしつらかっただろう。」と、和尚は優しい言葉で言った。

 

彼女は、黙ったまま静かに頷いた。

 

「この苦しみを背負って、今まで本当に頑張って来たと思うよ。本当によく頑張った。」

 

和尚のこの言葉を聞いた彼女は、堪えていた感情の線が切れたように涙した。

 

「泣いたらいい。今まで我慢して頑張って来ただけ泣いたらいい。一人で涙を流すよりも、誰かが側に居て泣いた方が、あなたを助けることができるから。」

 

彼女はさらに声を出して泣いた。そして言った。
「もう誰もこんな私を助けることなんかできない。」と。

 

 

和尚は、優しく見守るような眼差しで彼女を見ていた。そして、彼女が落ち着き泣き止んだのを見て言った。

 

「あなたが言うとおり、誰もあなたを助けることはできない。でも、あなたを助ける手助けはできるんだよ。そのために、あなたはここへ来たんでしょう。」

 

彼女は顔を上げて、和尚の顔をまじまじと見て言った。

「こんな私が、まだ生きていてもいいのですか。」
「まだ、死なせないよ。私の目が黒いうちは。あなたは、生きる望みを託してここへ来たんでしょう。そろそろ本当の意味で、自分が変わる時かもしれないね。」

 

「こんな私でも、こんな私でも変われるのですか。」
「ああ、変われるとも。変わって本当の幸せを掴むこともできる。」


「しあわせに、こんな私が、幸せになれるのですか。」

「ああ、成れるとも。その前に、自分の心の中の戦争を止めないといけないね。」

 

「えっ!心の中の戦争ですか!私、ここへ来る前に同じことを言われたんです。」

 

「ほ~それは凄い話だね。と言うことは、心の中の戦争を止める準備ができているということだね。」

 

「準備ですか?」

「今日、この心の中の戦争を止めて、新たな自分を取り戻す日にしてみませんか。そう、今日をこの心の中の戦争の、終戦記念日に。」

 

和尚はそう言って、彼女に微笑みかけたのだった。

 

 

心のセラピー②

 

 

彼女は和尚の言葉を聞いて、希望という光を感じた。

 

「じゃ、これからあなたの心の中の戦争を止める、心の旅に出かけましょうか。」と、和尚は笑顔で彼女に言った。

 

それを聞いた彼女は頷くと、和尚の話が始まったのだった。

 

 

『あなたがここへ来た時に言った、“男性が信じられない”と言う言葉があったね。それがあなたの大きな悩みだったね。そう思ったことには、きっかけという原因があったはずだね。そこを見て行きましょう。

 

あなたは、多くの男性から騙され裏切られてきましたね。でもそれは、思春期以降の話であって、その根っこがあったはずなんだね。それは、あなたの幼少期に遡ってあるような気がします。

あなたは、母子家庭で育ったといったけれども、お父さんとは死別?それとも離婚をしたのかな。それはいつ頃だったのかな。』

 

『離婚しました。確か私が、もの心がついた3歳ぐらいの時でした。』
『お父さんのことは覚えていますか。』

 

『よく覚えていませんが、お父さんは私を嫌っていました。そして、お母さんにいつも暴言を吐いて喧嘩していました。』
『それが原因で別れたのですか。』

『喧嘩もあったでしょうが、浮気だったようです。』

『なぜお父さんは、あなたを嫌っていたのですか。』

『私の足が悪かったせいで、いつもそのせいで泣いていたからだったと思います。』

『あなたが高校生の時に来た時に、あなたの足は先天性ではなくて、歩き始めた頃にお父さんが目を離したすきに、居間から庭に落ちてケガをしてなったと言っていましたね。お父さんは、お母さんと結婚してからずっと喧嘩ばかりしていたのですか。』

 

『いいえ、どうやら私の足をケガしてからだったと聞いています。』
『あなたは、お父さんが嫌いですか。』

『嫌いと言うよりも、母と私を置いて出て行ったことがゆるせないです。そのために、お母さんがどれだけ苦労したか。そして他の女性を作って出て行ったんです。私たちを、見捨てたんです。』

 

和尚は彼女の言葉を聞いて、核心に迫ったのだった。

 

 

次回「心のセラピー③④」

そして、最終話「心のセラピー⑤」と「エピローグ」へとつづく。

 

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