転落③

 

 彼女は家に帰ってきたが、放心状態のままだった。自分がどのようにして、家まで帰って来たのかもわからなかった。

 

彼女はしばらく何も考えらず、仕事も休んだ。ようやく自分の感情と向き合える状態になって来た時、彼女はやっと怒りを覚えた。騙して裏切ったゆるせない怒りが噴出した。そしてまた声を荒げて泣いた。

 

しばらくして泣き疲れた彼女は呟いた。「もう男が信じられない。」と。

 

 

彼女は仕事に復帰すると、それを待っていたかのように、また多くの男が彼女を指名した。彼女の魅力は健在だった。

 

しかし、彼女の心は閉ざされ、そして男をさげすむようになっていた。それは、店のお客とのいざこざという形になって表れ、店のボーイやマネージャー、店長にまで及んだ。

 


だんだん彼女は、店でも手におえなくなってきた。しかし、店の売上頭であったため、店長もそれ以上強く言うことができなかった。

 

彼女が落ち着きを取り戻して店長もホッとし始めた頃、彼女はお店に来る、遊び慣れていないお客を手玉に取るように自分の魅力を使って男の心を弄びだした。男たちは彼女の魅力の虜になり、多くのお金をお店に落として行った。

 

彼女は故意にそうしているのではなかった。彼女は、恋愛に発展することのないタイプと違う男性と一緒にいることで、自分を安心させる場を無意識のうちで作っていたに過ぎなかったのだった。

 

 

ある時、まだ店が閑散としている時間にフリーで入って来た男がいた。彼女は、その日は珍しく同伴もなく早く出勤して、待機室で暇を持て余していたので声が掛った。

 

彼女は、さすがベテランの域にあるのか可憐な身のこなしで、すぐに男とのトークも盛り上がった。ふと彼女は話しながら、この男がずっと目を見て話すことに気づいた。ほとんどのお客は目を見て話さないので不思議な感じをしたのだった。

 

会話に一瞬間が空いた時に、男は彼女に言った。
「男運悪そうだな。男性不信になってるんじゃないの。」と、笑いながら言った。

 

彼女はその言葉を聞いた時、ムッとしたよりも雷に打たれたかような強い衝撃を受けた。

 

彼女はものすごく動揺した。初めて会ってまだそんなに時間が経っていないのに、失礼なことを言う男だと思ったが、その後に男が話す言葉のすべてが彼女の心に響き渡り、しかもその言葉が彼女の心を釘付けにした。

 

彼女は、我を忘れて男の言葉に耳を傾けた。男の言葉を聞く度に、なぜか彼女は不思議と心が癒されていく感じを覚えた。

 

そして、男が最後に言った。
「そろそろ自分の心の中の戦争を止める時かもな。」と。

 

彼女はその言葉を聞いた瞬間、なぜかその言葉が心にグサッと突き刺さったのだった。

 

 

彼女は、その男と連絡先の交換もしてなかったので、その男がお店に来ない限り会うこともなかったのだが、男にその言葉を言われてから、考え込むようになり何も手に着かなくなったのだった。

 

彼女は男に言われた、『男が信じられない。』ことを思うと、いたたまれなくなり苦しんだ。そして、なぜなのか今までの男のことが思い出され、自分が傷ついていたという感情が今となって湧き上がるように込み上げてきた。

 

彼女は、このつらい感情があまりにも痛かったので、今まで感じないようにしていた。今、その感情が込み上がって来て、彼女はこの感情をどうすることもできなくなり混乱した。誰かに助けを求めたかった。彼女は、心の中で助けを求めた。その時、あのつらい時に出会った、光曉和尚の顔が浮かんだ。

 

彼女は迷うことなく、光曉和尚に会いに行こうと決断した。そして、彼女は車を走らせ、心の救いを求めて10年振りに光曉和尚がいるお寺へと向かったのだった。

 

 

つづく。

いよいよ次回「心のセラピー」で、彼女とのセラピーが始まります。

 

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