『§まっすぐに生きるのが一番』
「第53話:女心がわからず口が貝になる男」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。

 

 

哲也と優花は、渋谷のハチ公前で待ち合わせた後、はじめてデートで行った昭和を感じさせる喫茶店に来ていた。

 

 

最近はおばあちゃんと関わることが多く、こうして二人きりの時間を持つことは久しぶりのことだった。

 

 

 

「こうして二人きりで話すの久しぶりだね。覚えてる、はじめてデートした時この店に来たの。なんだか新鮮な気持ちになるね。このお店、レトロな感じがしていでしょう」

 

 

「昭和っぽくて、おしゃれなカフェより落ち着く」

 

 

「哲也は昭和生まれだもんね。私は平成だけどね」

 

 

「平成のいつだっけ」

 

 

「平成元年」

 

 

「平成元年って、昭和64年でもあるから、昭和が混じってるじゃん」

 

 

「でも、私は正真正銘の平成生まれ」

 

 

「なんか昭和が古臭く聞こえるんだけど」

 

 

「昭和で思い出したんだけど、この間大学時代の先輩に会ってね」

 

 

「聞いてないよ」

 

 

「言ってないよ。言ってほしかった?」

 

 

「いや別に・・・」

 

 

この間夜にセミが鳴いている公園で、哲也が山梨へ泊りがけの出張に行った話をした時に、優花から『聞いてないよ』と言われたので、同じように聞いたのだが、

 

 

あっさり話が終わってしまった。

 

 

『聞いてないよ』と優花に聞きながら、別に言ってもらいたいとも思ってなかったから、『いや別に・・・』と答えたわけで・・・。

 

 

でも、前に優花から『聞いていないよ』と聞かれたときは、なんか責められたような気がして、ちょっと意地悪をしたい気持ちになって言ったのだけど、あっさり話が終わってしまった。

 

 

そう言えば、『なんで言ってくれなかったの?』と優花から言われ、『必要だった?』と答えたもののなにか後味が悪かった。

 

 

もし同じように『言ってほしかった?』の後に、『知らない、自分の胸に手を当ててみたら』って言ったら、

 

 

『なに言ってんの、子供みたいに大人気がない。先輩と食事に行ったことに妬いてるの?』とか、数倍になって言葉が返って来きそうだ。

 

 

なんなんだ、この違いは!

 

 

優花から『さあ、自分の胸に手を当てて聞いてみたら』って言われて、なにもやましいことなどこれっぽっちもないのに、『はあ?』と言いながら、理解できずにあたふたしてまった俺。

 

 

これって、なにも悪い事をしていないのに、制服を着た警察官を見たら、なんか緊張してしまうのと同じじゃんか。

 

 

これって男だけ?いやいや女性もそうなると言っていた。

 

 

なにがどうなんってる?

 

 

あの後冷静になったら、優花が寂しかったのだろうと推測できた。

 

 

でも、会話の中で優花が寂しかったという観点はなかった。ただ、“言う必要があったかどうか”だけの話だった。

 

 

こんなことを言うと、“女心がわかってない”って言われるのだろう。

 

 

それで女心をわかろうとするためにはどうしたらいいのかと、女性がたくさんいる夜のお店に行けば勉強できるかも、とそんなことを考える。

 

 

とは思いつつも、そんなところへ行っていたことがわかれば、逆切れされてお説教が待っている。

 

 

いやいや優花の場合は、お説教では済まないだろう。冷静な口調で取調室のような尋問だ。いや詰問だろうな。

 

 

おー考えるだけで身震いがする。

 

 

でも、言い訳じみてるかもしれないけど、素直な動機は女心をわかりたいという気持ちなんだけど、わかってもらえることなど100%ありえないよな。

 

 

次聞かれたら“寂しかった?”と聞いたらいいのかと言うと、“べつに?”と言われ、そんなやりとりをしていたら、結局は彼女が不機嫌になってしまうのがなんとなくわかる。

 

 

そう思うとどうしたらいいのだ。

 

 

あっそうか。なるべく貝のように必要なことを言わずに口を閉ざせばいいのだ。

 

 

そうだ、この間運送屋のおじさんが休憩室で言ってたのを思い出した。

 

 

運送屋のおじさんは言っていた。

 

 

『夫婦円満の秘訣は運送屋になり切ること!

 

 

嫁さんから何か言われたらこの2つですべてうまくいく!

 

 

“はいそうです(配送です)”

 

“うんそうや(運送屋)”

 

 

あともう一つ。道を聞かれた案内人のように。

 

 

“そのとおり(その通り)”

 

 

これで万事うまくいく!!』と、その場は大爆笑していたが。

 

 

確かに理にかなっている。

 

 

「聞いてるの?これから大事な話をするところなのに」

 

 

「うんそうや、ね」

 

 

おっ、うまくいったじゃん!

 

 

「大丈夫?なにかあったの?」

 

 

「えっ、なにも」

 

 

「なにかあるんだったら、話聞くよ」

 

 

「いや、なにもないんだけど、久しぶりだからつい優花の顔にみ惚れちゃって」

 

 

「へー哲也もそんなこと言ってくれるんだ。嬉しいけど、なにかあったの?」

 

 

『えーこれ以上聞かないでくれ~』と、一枚も二枚も上手な優花の言葉に、助けを求めるようにグラスの水を手に取る哲也だった。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

 

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