『§まっすぐに生きるのが一番』
「第69話:理解しようとする心」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。

 

 

昨年哲也は、恋人の優花から家の箪笥の配置換えをするので家に来てほしいと言われた。

 

 

家にやって来ると、優花やお母さんたちは夕飯の食材を買いに行くために出かけており、優花のおばあちゃんが留守番をしていた。

 

 

おばあちゃんと二人になった哲也は、人生の達人とも言えるスーパーおばあちゃんが、なぜこんなにすごいのか一度聞いてみたくなり話しかけた。

 

 

そして、今あるおばあちゃんのルーツや人生で大切なこと、これから生きていく上での大切なことを話してもらったのだった。

 

 

時間は流れ、2018年の新たな年がはじまり、哲也は優花の家で正月を迎えていた。

 

 

「『一年の計は元旦にあり』って言うけど、おばあちゃんはどんなことを計り事にしたの」

 

 

優花にとってもおばあちゃんの生き方やその話は、とても興味を持ち、日々の生き方にも影響をもたらしていただけに、素直な気持ちで聞きたい思いがあった。

 

 

「そうね、みんなの前で言うことではないけれども、“何事にも心を縛られることなく、自然のままに生きることを悦ぶ”ように生きたいものだね」

 

 

「あるがままにって感じ?」

 

 

「あるがままに、そうだね。世間でよくいうあるがままって、今あるものの中で自分に都合よく流れて生きていくようなニュアンスがあるんだけど、しっかりものごとを理解して生きていかないといけないわね」

 

 

「僕もそう思います。ただ目の前にあることをみて流されて生きていくこととは違うと思います」

 

 

哲也は昨年おばあちゃんとの親密な時間を過ごし、そのせいか語気を強めていた。

 

 

「哲也さんとは昨年たくさん話をしたから、私の話に共感してもらえて嬉しいわね。少し話をしてもいいかしら」

 

 

そう言っておばあちゃんは話し出した。

 

 

 

「今はたくさんの情報を手に入れることができるから、知ることはたくさんできると思うの。それにわからないこともスマホですぐに検索できたりするから、どんどん知識も増えていくと思うの。

 

 

ただね、その知識をきっちと理解して受け止めているかなって、ときどき不安になることがあるの。

 

 

こんなことを言ってはあれだけども、知らない情報を得ることはそんなに難しいことではないと思うの。

 

 

だって調べればいいことだからね。

 

 

でもね、その情報を理解するとなると、その情報を精査する力が必要となってくると思うの。

 

 

昨年の大みそかのNHKの紅白歌合戦を見てるときにね、安室奈美恵ちゃんが出てきて、今までの活躍を振り返ったシーンがあってね、14歳でデビューして、17歳ではじめて紅白に出場して、20歳で子供を身ごもって結婚。そして育児に専念するために歌手活動を休止。

 

 

それから1年後に復帰してはじめてのテレビが紅白歌合戦だった。彼女は歌を歌うときに、涙が込み上げてきて言葉につまってなかなか上手く歌えなかったのを覚えてるかしら。5秒ぐらいのシーンだったけど。

 

 

私はね、そのとき彼女の涙のわけはわからないけれども、一生懸命に理解しようとする自分がいたの。

 

 

この復帰を待ちわびていた多くのファンの温かさや支えてくれた人たちの嬉しさや、ひょっとしたら育児をしていてもう一度この場に立てないと思っていたのかもって。

 

 

一瞬のことだけど、そんなことを考えている自分がいたの。

 

 

だから彼女の涙をものすごく共感できた。

 

 

なにが言いたいかと言うとね、

 

 

私たちって、ものごとを単なる事象として捉えがちだと思うの。実際に起こった事実として知ることはたくさんできても、日頃からものごとを理解する習慣がなくなってきているのではと思ったの。

 

 

なぜそう思ったかと言うとね、理解するところに本当の共感が生まれるから。

 

 

昨今人と人との関わりが希薄になっていると言われるけれども、人を理解する考える力が欠落して、表面的に知ったことで人を判断することが多くなったのかなって。

 

 

私たちって、初めて会った人をその印象でいい人悪い人みたいなところってあるでしょう。

 

 

でも印象が悪かったとしても、その人を理解していくことで、その人の良さがわかることってよくあるよね。

 

 

私たちが生活していると、理解することよりも知り得ることの方が多くて、知ることでそれで理解しているつもりになっているのかもしれないって。

 

 

人との関係を築くのは、理解して受け入れるからこそ、その人の本質に共感できるのだと思うの。

 

 

私たちが人間関係を悪化させる原因があるとしたら、理解しているつもりと思っていても、実は表面的なことだけを見て理解したと思い込んでいるところにあるんじゃないかとね。

 

 

実際にそんな話を聞くしね。

 

 

これからの時代、テクノロジーが急速に発展してくことは喜ばしいことで、それと同時に人の心を理解する心も育み続けることを忘れないようにしないと、

 

 

人がテクノロジーを使いこなさないといけないのに、テクノロジーに人が使いこなされる時代になってしまうような気がしてね。

 

 

そうそう、先日のテレビ番組で、AKB48を4年前に卒業した篠田麻里子さんが言っていたんだけど、

 

 

『AKB48時代は、世の中は白か黒しかないと思ってたけど、卒業して見た世の中はグレー』だって言っていた言葉を聞いて、

 

 

それだけに、ものごとを見抜く力、人と良好な関係を築くにも、理解しようとする考え、心の習慣を持つことが大切だと思うの。

 

 

理解しようとすることは、前向きな能動的な態度だし、自らの主体性をもって行動することだし、自分に責任をもった自らを律して自立することにつながり、自分らしく生きていけるのではないのかなと思ったんだけどね。哲也さんや優花はどう思う?」

 

 

哲也と優花は急に話を振られ互いに顔を見合わせ、

 

 

「おばあちゃん、その通りだと思います」と哲也が言うと、

 

 

「なにがその通りなの?きちんと自分の言葉で述べないと理解したことにはならないのでは?聞いた話を鵜呑みにするそうならないお話よ」

 

 

優花に肘でせっつかれる哲也。考えることを休止していた正月ボケの哲也の脳は、ようやく活動をし始めたのだった。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です