第5話「父との会話」

 

 彼女は大阪に帰って来てからも、時間があれば父の元へと通った。姉とできるだけ一緒に、無理な時は一人で実家に帰った。

 

彼女は見舞うたびに、父がやせ細って行くのがわかった。そんな姿を見て辛い気持ちになる気持ちを押し込めながら、笑顔で接するように心掛けた。

 

父は入退院を繰り返していたが、時間が経つにつれて入院することが多くなり、この時には病院暮らしが続いていた。と言うより、もう家には帰ることのできない病状になっていたのだった。

 

父は、尚美が来ると嬉しそうに笑顔を見せた。時折痛みで顔を歪めることもあったが、できるだけ笑顔を作ろうとしている父の姿を見て、父親らしく強く見せようと無理をしていることが、彼女には痛いほどわかった。

 

そんな父の姿を見て、彼女は居たたまれない気持ちになるのだが、父の笑顔がその気持ちを何とか引き止めてくれた。

 

 

ある時、いつも母と一緒に父の病室にいたのだが、母が用事を済ませるために少し出かけて来ると言って、初めて父と二人きりになった。

 

いつも母が一緒にいたので、彼女はいざ父と二人きりになると何を話していいか戸惑ってしまい、しばらく沈黙が続いた。

 

 

そんな情況を父が気遣ってか、口を開いた。

 

「仕事の方は大丈夫なのか。よく来てくれるけど無理はするなや。」

 

「大丈夫やよ。店長には話して了解もらってるから。」

 

「接客の仕事は思った以上に大変やろう。客を選べないしお酒入った相手やからな。ようがんばってると思うよ。」

 

彼女は父の言葉を聞いて、自分がどこで働いているのか知らないことになっているのに、知っているかのように聞こえた。

 

彼女はいつも父と会うときは、できるだけ地味な化粧と服装を心掛けて、父に気づかれないようにしていた。

 

 

父は、尚美をじっと見つめると、静かなトーンで話し出した。

 

「尚美、お父さんはもう長くないとわかってる。」

 

「そんなことないよ、なんでそんなこと言ううん。」

 

「まあ、そう言わずに聞いてほしい。お父さんは癌や。転移もしてると思う。治療法や自分の症状を見てたら、自分がどんな病気かもわかる。お母さんやお姉ちゃんには言うなや。知ったらどうなるかわかるからな。2人だけの秘密やからな。」と、

 

父はにっこりと笑いながら言ったが、彼女は父の言葉の重みにしばらく返す言葉が見つからなかった。

 

 

 

彼女は、母も姉も“父は自分が癌のことは知らない”と思っているはずなのに、なぜ自分にだけ話をしたのか気持ちが混乱したのだった。

 

彼女は父の言うとおり、母にも姉には言わない方がいいと思い、自分の中でしまって置いたのだった。

 

そして、父の運命の日は近づいていったのだった。

 

つづく。

 

 

 

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