第一話「初対面」

 
彼女は、和尚と電話を切ると、食べかけていたスナック菓子を頬張りながらテレビを見ていた。その間、何度も陽子の夫である彼から電話があったがしかとして出なかった。

 

彼女は、彼から和尚のところに行くと約束したものの、はなから行くつもりはなかったので、約束をぶっちするつもりでいた。
しかし、彼女は彼のことが気になってか、彼からの電話に出るのはバツが悪かったので、彼の様子を聞くために直接和尚のところに電話をしたのだった。

 

 
彼女はその時、和尚から『電話をしてくれてありがとう。』と言う言葉を聞いて、何だか変な気持ちになった。それは、和尚に対する好意的な気持ちだった。

 

人を信じないところのある彼女にとっては、意外な気持ちだった。それがあってか、彼女は行くつもりもないのに、『明日行く。』と和尚に返事をしていたのだった。
 

 

その晩彼女はベットに横になると、ふと和尚との電話での会話を思い出していた。彼女は何度考えても、和尚の言った『ありがとう。』の言葉が気になった。

 

なぜなら、いつもの彼女は、相手から怒られぶち切られることが当たり前だったので、和尚の言葉は日頃の彼女には意外過ぎるものだった。

 

彼女は、彼が言うとおり、日々何かに追い詰められたような感覚で過ごしていた。それは、まるで毎日死と隣り合わせで過ごしているかのような感覚だった。

 

彼女は和尚の言葉を思い出していると、ふと明日会いに行こうと本気で思ったのだった。

 

 
次の日、彼女は電車とタクシーを乗り継いで、和尚のいるお寺へとやって来た。彼女は、お寺にやって来たものの、道中どこかで和尚に会えないことを祈っていた。

 

彼女は、心の中で『和尚が外出していませんように。』と思いながら、境内へと上がる階段を登って行った。

 

 
境内に入ると、そこはガラ~ンとして誰もいなかった。彼女は、その情景に安心したように『やっぱりおらんかったわ。』と思った。
彼女は安心しきったのか、しばらく境内を散策していた。
 
そして、帰ろうと門に向かっていると、和尚が境内に人の気配を感じて、『ひょっとして彼女が来たのかな。』と思い、母屋から出て来たところだった。

 

 
彼女は和尚と鉢合せをして、ハッと驚いてすぐさま早足で門から出ようとしたのだったが、和尚に声を掛けられて止まらざるを得なかったのだった。

 

和尚は、「ようお参りになられましたな。相談に来たのにもう帰るのかな。」と言って、彼女の方に歩み寄った。

 

彼女は観念したかのように、「和尚さんがいなかったから帰ろうと思ったとこ。」と言って、和尚と初対面したのだった。

 

 
つづく
 
 

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