『§まっすぐに生きるのが一番』
「第41話:“別に”の言葉が気になる」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。

 

 

前回、哲也はすねる妹が愛犬の小鉄の頭を撫でる姿を見ていると、自分もなんだか寂しい気持ちになってきた。

 

 

そして、『この子も、心の底から誰かに本気で寄り添ってほしいんだな』と、哲也は思ったのだった。

 

 

 

哲也は、そこにいる妹が自分を見ているかのように思っていた。

 

 

哲也は妹の側に行って、声を掛けてあげたいと思った。

 

 

それは小鉄や学生時代に失恋した時に、小学生の女の子が不思議にそっと自分の心に寄り添ってくれたように、自分もそうしたい気持ちに駆られた。

 

 

哲也は優花の方を見た。優花は楽しげに食卓の団らんの中にいた。おばあちゃんもその輪の中にいた。

 

 

哲也は妹の側に行っていいかどうか迷った。

 

 

優花は妹が哲也にちょっかいを出すような押し問答に乗らずに、冷静な対応をした。その結果、妹は話の骨を折られたかのような形になって、『つまんないの』と言ってすねて小鉄のところへ行った。

 

 

哲也はそんなことを思うと、このままそっとしておくべきかと思った。

 

 

しかし、自分の心は今すぐにでも妹に側に行って声を掛けてあげたい気持ちになった。

 

 

哲也はそう思ったものの頭をよぎるものがあった。

 

 

この状況は、よくあるお母さんが子供を叱ったときに、子供は悲しそうな顔をしてすねる。それを見ていたお父さんが子供に近づいて慰める。

 

 

そこまではいいのだが、それをまるでお母さんが悪者であるかのような慰め方をする。

 

 

お母さんは意味があって子供に叱ったにも関わらず、ときに子供を甘やかさないために突き放したにも関わらず、お父さんがのこのこと子供のところに行って甘い顔をする。

 

 

そして、お母さんは腹が立つ!

 

 

『2人そろって私を悪者?!子供に甘い声を出して、私に恨みでもあるわけ!子供に好かれようと、なに善人ぶってるのよ!子育てする私の身にもなってよ!』と、

 

 

ブチ切れる!!

 

 

哲也も、もしここで妹のところに行くと、自分もそんな風に振る舞ってしまうだろう。そして、妹は自分に寄り添って来るように甘えてくれるだろう。

 

 

でも、あとが面倒臭くなりそうだと頭をよぎる。

 

 

優花から声を荒げるように怒られたことはないが、『なんで妹のところに行ったの?』と、冷静で低いトーンで聞いて来る優花の声を思い出すと、ヘビに睨まれる蛙のように身震いする自分がそこにいた。

 

 

でも、心は妹の側に行ってあげたい。

 

 

哲也は再び、優花の方を見た。楽しげに話をしている。

 

 

おばあちゃんも当然ながらその会話の輪に入っている。

 

 

哲也は妹が小鉄を撫でている背中を見ていると、自然と腰を上げた。

 

 

「哲也さん、もうご飯のおかわりはいいのかしら?じゃお茶でも煎れましょう。優花ちゃん哲也さんにお茶でも煎れてあげてもらってもいいかしら」

 

 

哲也はおばあちゃんに声を掛けられ、優花に座るように促され、哲也はなにか後ろ髪を引かれる思いのまま妹の方を一瞥すると、再び椅子に腰掛けたのだった。

 

 

 

哲也は半分うわの空で会話の輪に入っていた。

 

 

哲也は沈黙の時間、今の情況を振り返る。

 

 

『絶妙のタイミングでおばあちゃんが声を掛けて来たのは、自分は妹のところに行くべきでなかったということだろうか。それとも偶然?必然?そんなわけは・・・』

 

 

「さてと、お腹も満たされましたわね。哲也さん、日頃味わうことのできないこんないいところに来たのに、優花ちゃんとなかなか話す時間がなかったわね。後片付けは私たちでしておくので、二人で散歩でもしてきたらどうかしら」

 

 

「そうよ、二人で散歩でもしてきたら。あとはおばばたちがやっておくから、デートしてきてちょうだい」

 

 

「哲也久しぶりだし、お言葉に甘えて少し散歩に行こっか」

 

 

哲也には断る理由もなく、妹がいる方向をちらっと見ると、優花と一緒に席を立った。

 

 

哲也は正直優花と散歩する気分ではなかった。

 

 

二人で歩きながらも妹のことが気になっていた。

 

 

そんな楽しげに見えない哲也に、

 

「どうかしたの?体調でもわるいの?」

 

 

「いや、別に」

 

 

「ならいいけど、“別に”って言うときって、なにかあるときに言うよね」

 

 

哲也はぎくりとした。そしてこう思うのだった。

 

 

『めんどくせー!!』

 

 

それ以上聞いてくれるなオーラを放つ哲也であった。

 

 

つづく。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

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