『§まっすぐに生きるのが一番』
「第42話:笑いは心を解放しゆるしをもたらす」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。

 

 

前回、久しぶりに散歩をした二人。しかし、哲也は妹のことが頭から離れず乗り気ではなかった。そんな雰囲気を察した優花が「どうしたの?」と聞くと、哲也は「別に」と答え、優花はその「別に」に反応し、哲也は『めんどくせー』と思ったのだった。

 

 

優花は聡明な女性。人との間の取り方も心得ている。

 

 

しかし、このとき優花は、哲也の「別に」の言葉に敏感に反応した。

 

 

「“別に”って言うときって、なにかあるときの言葉だよね」

 

 

哲也は正直『めんどくせー』と思い、それ以上触れないでほしいオーラを出した。

 

 

優花は思うところがあったのか、この日はその言葉にこだわった。

 

 

「“別に”じゃわかんないけどな」

 

 

哲也は無視するつもりはなかったが、どう答えたらいいのかわからなかった。

 

 

哲也は、沈黙のままわざと人一人歩けそうな田植え前の水を張ったあぜ道歩いた。

 

 

優花は、その沈黙が破られる哲也の言葉を待ちながら歩いた。

 

 

しかし、しばらく経ってもその時は来なかった。

 

 

優花は哲也が言った“別に”の意味を薄々感じていた。

 

 

「もー黙り込んじゃって。妹のこと考えてるんでしょ。なんか妬けるな」と言って、優花は後ろから哲也の背中越しに自分の肩を軽くぶつけた。

 

 

哲也はズバリ妹のことを言われ、体が伸びきるようにピクリと反応した。

 

 

ちょうどその瞬間、優花の体がいい具合に腰からヒップアタックし、哲也はその勢いでバランスを崩し、田んぼのあぜ道から田植え前の水は張った方へと体が傾いて行った。

 

 

哲也はわらをも掴む勢いで手を振り回し、偶然にも優花の手を掴んだ。優花も突然のことで踏ん張れる力もなく、二人はそのまま水を張った田んぼへと引き込まれて行ったのだった。

 

 

水しぶきを上げた田んぼは、まさに泥の中だった。二人は顔から泥の水面にダイブし、顔を上げた時には全身泥だらけだった。

 

 

今まで見たこともない形相に、二人は互いに目が点になる。

 

 

哲也は優花の顔を見ると自然と笑みがこぼれ、優花もつられるように笑い、その顔に眩しいくらいの白い歯が余計に可笑しかった。

 

 

二人は互いの顔を眺めながら、大笑いした。

 

 

ここまで泥だらけになると、すべてが吹っ切れるのか、二人は無邪気に水をかけ合い、起き上がろうとした哲也をお約束とばかりに優花は強く押し、哲也はまた仰向けのまま田んぼの中で水しぶきを上げたのだった。

 

 

母屋にいた妹は、愛犬の小鉄とじゃれ合っていた。

 

 

すると向こうから泥だらけでなった男女が、近づいて来るのが見えた。だんだん近づいて来ると、それが哲也と優花だとわかり、一瞬びっくりした顔をしたがすぐに大爆笑した。

 

 

哲也と優花はホースで泥を落すと、なんとか散歩に行く前の姿にはなっていた。

 

 

「あらお二人さんどうしたの、その格好。布団では飽き足らず、田んぼの中でイチャイチャしていたの。お若いわね~」

 

 

「えーお姉ちゃんたち田んぼの中でエッチなことしてたの」

 

 

優花は妹を睨むと、哲也と目が合い、なんだか恥ずかしさの余りうつむいた。

 

 

哲也も恥ずかしさを隠すように、事の一部始終を一生懸命妹に説明していた。

 

 

「それ、お姉ちゃんの計画的犯行。でもお姉ちゃん、てっちゃんに予想外に手を掴まれて自分も巻き添えくらっちゃったんだ。へー、へー、なんか、スッキリ!!」

 

 

哲也は妹の意外な言葉に驚いた。哲也は優花の顔を見ると、優花はじっと妹を見つめていた。

 

 

 

哲也はシャワー浴びると、着ていた服は山の下のお宅が乾燥機を持っているようで、おじさんが借りに行ってくれた。

 

 

それまでの間、哲也は母屋の縁側に座り、そこから見える田畑を眺めながら、妹の姿を見つけ先ほどの“なんかスッキリ”の言葉を思い出していた。

 

 

『“スッキリ”かー。なんか優花に仕返しをしたかのような言葉だったな。妹から見たら優花はどんなふうに見えてたんだろう。

 

 

歳が10歳離れていると言っていたな。妹にとっては、いつもなんでもできるお姉ちゃんなのかな。妹が構ってほしい年頃には、優花は中高校生か。憧れの女性?そう思うのが普通?

 

 

そして、妹が中高校生の時には、優花は大学生か社会人。頭のいいなんでもできるお姉ちゃん。妹はそんな優花になれないと思ったのかな?それでずっと劣等感を持ってた?その頃って、それぞれが忙しくって家族がバラバラだったんだっけ。

 

 

妹はほとんど家に寄り付かず友達のところや夜も出歩いていたって言ってたっけ。それって、自分の居場所を求めるように、寂しさを埋め合わせるようとしてた?

 

 

妹はずっと優花のことを羨ましく嫉妬してた?優花と自分を比べつつ、いつか優花を負かしてやると張り合う?その日頃のうっぷんが、“なんかスッキリ”と言う言葉になったのかな?なんか辻褄が合う気がする。

 

 

そう言えば。妹が“なんかスッキリ”と言ったとき、おばあちゃんは一部始終を見ていたよな。それがなんか微笑ましい顔で。まるで恩師が弟子の成長を見守るかのような、そんな気がしたのは気のせい?ふむー。

 

 

まーいっか。今日は大笑いして自分もすっきりしたし。みんなが大爆笑をして、みんなもスッキリした感じ。なんだか自分も今までのうっぷんみたいなものを全部吹き飛ばしたような解放感。

 

 

う~~~しあわせ(すべてがゆるされた)~~~

 

 

哲也は手を大きく広げ伸びをすると、そのまま後ろに寝転がり、そのまま寝息を立てた。

 

 

 

笑いは、心のモヤモヤを吹き飛ばすとよく言う。

 

 

そして、ストレスをも解放し、平常な心を取り戻す。

 

 

笑う。それはどれぐらい前に笑っただろうか。

 

 

声を出して大笑いした記憶はいつのことだろうか?

 

 

人と人との関わりの中で笑った記憶?

 

 

そんな些細だが大切なものが、減ってきている・・・。

 

 

だんだんと日が傾き、この場所から帰る時間が迫ってきていた。

 

 

 

「小鉄~、小鉄~」

 

 

哲也はその声で目が覚めた。その小鉄を呼ぶ声に、なにかただならぬ緊張する自分がいたのだった。

 

 

つづく。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

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