『§まっすぐに生きるのが一番』
「第43話:別れは人の心を強くする」

 

 

哲也が意図しないまま「殺し文句」を言った瞬間から、哲也と優花はお互いを認め合った唯一の存在として、恋人同士の関係になった二人の物語。

 

 

前回、哲也は優花と散歩の途中、じゃれあったはずにみに、水を張った田植え前の田んぼにダイブするように倒れ込んだ。

 

 

母屋に帰って来た哲也は、着ていた物が乾くまでの間居間でうたた寝をしていると、「小鉄~、小鉄~」と呼ぶ声で目が覚め、そこになにかただならぬ緊張する自分がいたのだった。

 

 

哲也は玄関から母屋を出ると、そこに優花が立っていた。

 

 

「なにかあった?」

 

 

「うん、小鉄がいないの」

 

 

「野山を駆け回ってるんじゃないの?」

 

 

「妹が遠くまで探しに行って名前を呼んでも、小鉄の姿が見えないの」

 

 

「小鉄と一緒に散歩したけど、山の奥の方へ行くとけっこう広いからな。心当たりのあるところ、俺も探して来るよ」
「哲也さん、それには及びません。ここで待っていたらいいです」

 

 

哲也は「えっ」と思った。でもおばあちゃんが言うのであれば、なにか考えがあるのかと思い、哲也は思い留まった。

 

 

「でもおばあちゃん、かなり奥の方まで探しに行ってるよ。山の奥に入り込んだら迷子にならない?」

 

 

「もう少し、ここで様子を見ましょう」

 

 

太陽は西の空へと傾き、山の影に隠れてしまうのは時間の問題だった。

 

 

 

しばらくすると、遠くで妹の姿が見えた。そこには小鉄らしき姿はなかった。

 

 

妹の表情が見て取れるところまで戻って来ると、妹は不安で今にも泣きそうな顔をしていた。

 

 

「小鉄は見つかったの?」

 

 

妹は首を振ると、「小鉄がどこにもいない」とつぶやいた。

 

 

優花は妹の側まで迎えに行くと、おばあちゃんの方を向いた。

 

 

哲也も、おばあちゃんがなにを言うのか待った。

 

 

その状況を察したようにおばあちゃんは、「さあ帰りましょう」とだけ言って、帰り支度をするため母屋に入っていったのだった。

 

 

「さあさあ、帰るまでには小鉄も戻って来るわよ。哲也さんも優花ちゃんも、主人が洗濯物を持って帰って来たから、着替えて帰る準備をしなくちゃね。哲也さん着替えたら、持って帰ってもらいたい野菜がたくさんあるから、車に積んでもらえるかしら」

 

 

そう言ってここのおばさんも、母屋の中に入っていった。

 

 

 

哲也は着替えを終えて車に野菜を積み込んでいると、身支度を終えた優花とおばあちゃんが車の前にやって来た。

 

 

妹は野山の方を見たまま、小鉄の姿が現れるのをずっと待っていた。

 

 

「優花ちゃん、車を出してくれるかしら」

 

 

「でも小鉄が・・・」

 

 

「さあ帰るわよ」

 

 

おばあちゃんは妹にそう声を掛けた。

 

 

「まだ小鉄が戻ってきていない!」

 

 

「そうね、小鉄はよっぽどここが気に入ったのかしらね」

 

 

「そんなことない!うちのほうがいいに決まってる!」

 

 

「さあね、それはどうかしらね。哲也さん、悪いけど妹を車に乗せてあげて。もし小鉄が戻ってきたら連絡をもらえるかしら」

 

 

おばあちゃんはここのおばさんにそう言うと、車に乗り込んだ。

 

 

哲也は、妹が素直に車に乗るとは思えなかった。案の定妹は、小鉄がいそうな野山に向かって走り出した。

 

 

そして立ち止まると、「小鉄~、小鉄~」と叫びながら、最後は涙で声が出ず崩れるように膝をついた。

 

 

哲也は妹の側に近づいたものの、なにもできずに立っていた。

 

 

どれぐらいたったのだろう。時間にしたら5分ぐらいなのかもしれないが、哲也には長い時間に感じたのだが、突然妹は立ち上がり、「帰る」と言って車の方へ歩き出した。

 

 

哲也は、ないがどうなっているのかわからないまま妹の後を追った。

 

 

 

「車を出してちょうだい」のおばあちゃんの合図で、おじさんとおばさんが見送る姿を背に、車は動き出した。

 

 

車内は楽しい会話で盛り上がるはずだったが、重い沈黙の時間が流れていた。

 

 

しばらく走っていると、

 

 

「あっ!小鉄!小鉄がいる!」と妹が叫んだ。

 

 

優花はその声に車を止めようとしたが、

 

 

「優花ちゃん、そのまま車を走らせて」とおばあちゃんの無情な声が車内に響いた。

 

 

哲也は妹の懇願する叫びの言葉を待った。

 

 

しかし、妹は車の窓を開けると、「小鉄~!小鉄~!また来るね~、待っててね!バイバイ!」と叫んだ。

 

 

すると、その声に応えるかのように小鉄は、

 

 

「ワォーン」と雄叫びを上げたのだった。

 

 

哲也の耳にもしっかりと小鉄の雄叫びが聞こえた。哲也はこの別れの状況に、薄っすら涙が込み上げてきた。

 

 

そして「はあー」と、妹は大きなため息を吐いたのだった。

 

 

 

別れ。それは自分の弱さを断ち切ることかもしれない。

 

 

それは自分に厳しく律することを学ぶ瞬間かもしれない。

 

 

それはまた、「執着することから離れる(手放す)」ことなのかもしれない。

 

 

そうして、人はまた自分を律しながら自立し、成長していくのかもしれない。

 

 

哲也は帰る道中考えていた。

 

 

『おばあちゃんはこうなることを知っていた?おばあちゃんは妹が独り立ちできるためにわざと?そうだとすればよくできた筋書き。でも小鉄の動向までは読めないはず』

 

 

哲也はふと、でもおばあちゃんにはできるような気がして、これでよかったんだと、「フー」と安堵の息を漏らしたのだった。

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

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